ストーリー小学生だった久保建英の提案を受け入れた監督 保護者に求める余白は岩佐友印刷するメールでシェアするFacebookでシェアする

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川崎フロンターレが育む「考える力」中 8歳にして、久保建英(Rソシエダード)の素質は、ずば抜けていた。 「この子はプロになる」 2009年11月、そのプレーを初めて見て確信したと振り返るのは、当時、サッカーJ1川崎フロンターレU10(10歳以下)で監督を務めていた玉置晴一さん(44)だ。 この日、川崎はアカデミー(下部組織)のセレクションを行っていた。1学年150~160人ほどがテストを受け、1次、2次、3次と選考が進み、最終的に合格者が決まるのが一般的。だが、久保は1次で合格が決まったという。川崎フロンターレが育む「考える力」サッカーワールドカップ北中米大会の日本代表には、J1川崎のトップチームや下部組織でプレー経験のある選手が4人選ばれました。彼らに共通する「考える力」は、どう育まれたのか。指導者やスカウトの視点から、3回の連載で紹介します。 玉置さんは振り返る。 「技術があり、人を動かす力を持っている。フィールドの中の監督と言っていいほど、『サッカー理解』に優れていた」 前線でパスを待っても来ないとわかると、すっとポジションを下げてボールを受ける。周囲に指示を出し、球を散らす。前が空けば、すかさずドリブルで持ち運ぶ。同世代の中で、抜きんでた存在感を示していた。 玉置さんは、小3からアカデミーに加入した久保を、他の子どもたちと同じように指導した。この世代で大事にしていたのは、基礎技術と個人のスキルアップ。1対1の仕掛けを推奨していた。久保建英が13歳で代表になった日 心をほぐした菅原由勢と瀬古歩夢同期の山内に与えた刺激 ある日、久保から、こんな言葉をかけられた。 「ドリブルだけじゃなくて…この記事は有料記事です。残り1225文字有料会員になると続きをお読みいただけます。※無料期間中に解約した場合、料金はかかりませんこの記事を書いた人岩佐友スポーツ部専門・関心分野サッカー、バレーボール関連トピック・ジャンルジャンル印刷するメールでシェアするFacebookでシェアする