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かつてテレビ界を席巻した占師・細木数子さんの半生を、「事実に基づいた虚構」として描く。そんなNetflixドラマ「地獄に堕ちるわよ」で監督を務めた瀧本智行さんは、今は亡き細木さんに「お見せするつもりで作った」と明かす。親世代に対する反発 ――細木さんが「視聴率の女王」と呼ばれていた頃、どう見ていましたか。 「色々な場で公言していますが、基本的に『嫌い』でした」 「テレビに映った瞬間にパッとリモコンでチャンネル変えるぐらいな感じでしたかね。今、トランプさんが映った瞬間に変えたくなるのと同じような感じです」 ――何がそこまで嫌だったんですか。 「すごく端的に言うと、権威主義的で偉そうで上から目線で、みたいな。細木さんはうちの母親と全く同い年なんですけど、我々の親世代に対する反発と言うんでしょうか」 「僕は校内暴力世代真っただ中で思春期を送った者なので、ああいう存在には反発していましたね。結構そういう人は、多かったんじゃないかなと思います」 ――作品づくりを経て、その思いは変化しましたか。 「もちろん、変わらないと。嫌いな主人公を嫌いなまま撮るっていうわけにもいかない。作る以上、どうやって彼女のことを愛せるかはすごく考えたし、現存する細木さんに関する資料には、全部目を通しました」【インタビュー】戸田恵梨香、細木数子の週刊誌記事に驚き「記者を誘って飲むなんて」 「そういう中で、『食わず嫌い』とまでは言いませんが、僕は印象で嫌っていただけで。すごく人間味のある部分もお持ちだと知りました」 「人っていろんな顔がありますからね。あの当時僕が抱いていたようなイメージが間違えていたわけではないと思うし。でも同時に、それだけじゃない部分もあったであろうし。彼女の弱さというか、そういうものも見えてきました」 「それで、多分この人はある時からずっと、細木数子というキャラクターを演じていたんだろうなと思えてきたんですね。そういう解釈で主人公を描けば、『ああ自分にもこの物語を作れるかな』という気がしましたね」自分が細木さんと対決するように ――どんな面に心を動かされたのですか。 「戦後の貧困の中でどうやって食っていけばいいんだ、どうやって生き延びればいいんだっていう時代に培われた何かが、細木数子という人の人生をかなり規定しているような気がしたんです。その根っこにある弱肉強食の考え方みたいなところは、やっぱり戦後の貧困を生き延びてきたという自負がなせることだろうと思います」 「これくらいの強さがないと生きていけないんだという信念が、その後の彼女の成功につながる根っこになっていますよね。かつ、欲しいものを手に入れるためなら手段を選ばない、みたいな思想、哲学、生き方も芽生えたんだろうと思うし」 「同時に、いったん何かを手に入れてから欲望がどんどん肥大化していくプロセスというものも感じて、面白いなと思いました」 「人の半生の物語って、何者かになる前が一番面白いと思うんです。僕が『嫌い』だと思っていた細木さんが、そこに至るまでにこんな人生を経てきていたんだという事実に触れて、これなら自分にも撮れるかなと思っていった感じです」 ――今回の物語では、伊藤沙莉さん演じる作家の魚澄美乃里が、細木さんの自伝的小説を書くという役割を担いますね。 「意図的に、物語の前段部分は相当フィクションを交えているんです。細木さんが自分をモデルにした小説を書かせたという事実はありません」 「沙莉の役は、僕の分身です。一番最初に会った時も『俺の分身だから頼むよ』と声をかけました。そういう自分自身の視点を置かないと、ちょっとやれない、手ごわいなという思いがありました。もし細木さんが(誰かに)小説を書かせるようなことがあったとしたら、きっと自分の話を面白おかしく、かつ武勇伝みたいな話も織り込みつつ、でも自分の印象が総合的に悪くならないような話をしたんじゃないかって思ったんですね」 ――本作では、美乃里が聞いた話を通して細木さんの半生が描かれていきます。「神の視点」で「客観的事実」を描くわけではないぞ、という作り手の意思表示か、と思いました。 「美乃里は(監督である)自分の分身でもある。細木さんに(自分が)こういう局面で会っていたらどんな話をするかな、とか。最終回は、本当に自分が彼女と対決しているかのように作りました」 ――実際に会ったら対決できますか。 「多分、取り込まれていただろうなと思っています。『週刊朝日』で記者が居酒屋に呼び出されて一緒に飲む記事があって。参考にさせてもらいました。あんな感じで人をたらし込んでいくのがすごく上手で、『あんたねえ!』と怒ったり、急に優しくなったりしながら、だんだんと取材する側も(細木さんに)ひかれていくんだろうなと」ご存命ならお見せするつもりで ――実在の人物を描くことに怖さはありませんでしたか。第1話の冒頭では、本作について「この物語は事実に基づいた虚構である」と説明するテロップが示されました。 「大体、『事実に基づいた虚構』って何やねんっていう話じゃないですか。作り手としての倫理はどうなっているんだ、という批判も覚悟して作っています」 「どうするのが正解なのか。当然正解なんかない商売ですからわからないんだけれども、受け手それぞれに委ねられるようなバランスは考えました。『全然甘いよ』とか、『なんだこのヨイショしたような物語は』、とおっしゃる方もいるでしょうし、反対に『こんな風に描いてひどい!』と思う方もいらっしゃるでしょう」 「もはや何をやっても絶対に批判が来る題材なので、自分の心に照らして、細木さんがまだご存命なら細木さんに見せるぐらいのつもりで作りました。でも(細木さんに)甘い顔はしないし。かといって批判一辺倒みたいなことじゃなくて。多分彼女が持っているチャーミングな部分とか、そういう人間的な弱い部分とかも全部引き受けて、1本の作品に収められたかどうかは見る人に判断していただきたいと思います」 ――演じる戸田恵梨香さんの風貌は、テレビに出ていた『あの細木数子さん』には全く見えない。それでも演技にひきこまれるのは不思議です。 「2005年の『老けメイク』のシーンですね。あの特殊メイクも3回テストしたかな。散々やってあそこに落ち着きました」 「あの場面にたどり着くまで、戸田さんは細木さんが若い頃の場面から、時代順に撮影していきました」 「だから、『こういう人生を経てきたから、こう演じます』という、厚みと説得力が出たのだろうと思います。単に『細木数子を演じる』のではなくて、『周囲やメディアが求めるキャラクターを演じる細木数子』まで演じていた」 「お客さんには第1話の途中ぐらいまでは違和感があるかもしれないけど、第2話以降は絶対に気にならなくなる、と確信していました。ある段階から『こういう人なんだ』と受け止められるようになると」【インタビュー】戸田恵梨香、細木数子の週刊誌記事に驚き「記者を誘って飲むなんて」 ――なぜメディアや視聴者は彼女を求めたのか。瀧本さんはどう分析しましたか。 「細木さんの絶頂期は、バブル崩壊後の『失われた10年』だったんですよね。日本人が自信を失っている時代に現れた人です」 「劇中で数子が美乃里に自伝小説の執筆を依頼する2005年は、『郵政選挙』があった年でもありました。人を敵と味方に分けて、何かをやっつけるみたいなことを面白がる。そんな時代に、細木さんが合致したんだと思います」 「(テレビでは)だいたい若手芸人で生意気なやつが細木さんにけちょんけちょんにされたんですけど、そういうのを面白がった。僕はその風潮はすごく嫌だったんですけれど。建前ではなくて本音をむき出しにすることに、拍手喝采するみたいな時代。その象徴だった気がしますね」「地獄に堕ちるわよ」のあらすじ 平成のテレビ界を席巻した占師、細木数子(戸田恵梨香)。2005年、売れない作家・魚澄美乃里(伊藤沙莉)のもとに、細木の自伝小説の執筆依頼が舞い込む。細木は魚澄の取材に、戦後の焼け跡から銀座の女王へのし上がったなどと自身の軌跡を語る。ところが、その証言を覆す人物が現れて――。






