2026年5月29日 12時00分伊東聖印刷するメールでシェアするFacebookでシェアする

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大正時代に建てられた木造5階建ての建物が、瀬戸内海の離島、大崎上島にある。建築から間もなく110年。島の歴史を見つめてきた建物は、今も「現役」として使われている。 その建物は、大崎上島(広島県大崎上島町)の南側、木江(きのえ)地区の海沿いにある。近づくと、表札がかかっている。インターホンを押すと、家主の公務員大内康生さん(64)が出てきてくれた。 大内さんによると、建てられたのは1918(大正7)年。17年という説もあるが、その頃、一帯は造船業で栄えていて、造船所の経営者が建てたという。 1階が事務所、2、3階が船主や船員の宿泊所、4階は進水式後の宴会を開く35畳の大広間だった。モノクロの古い外観写真が残っており、そこには日の丸が掲げられ、2~4階から外を見る和装姿のような男女の姿が映っている。 最初は4階建てだったが、完成間近に台風で一部が壊れ、「4は縁起が悪い」と5階部分が建て増しされたのだという。 所有者は終戦の頃、別の造船所経営者に代わり、その後、船への給油をなりわいとしていた大内さんの祖父が買い取った。当時は北九州と阪神地方の間を石炭船が行き来しており、大内さんの父は「1日、上下20便に給油した。石炭船に燃料を入れるだけで飯が食えた」と、かつて取材に答えていた。 時代は移り、石油販売会社は20年ほど前に廃業。大内さんは県外で働いていたが、定年退職してUターン。今は1、2階を主に使い、3階は客間、4階は物置として使っている。 木造建築物に詳しい国立研究開発法人「建築研究所」(茨城県つくば市)の槌本敬大(たかひろ)研究専門役は「大正時代前半に建てられて現存する5階建ての木造建築は、希少であることは間違いない。研究者として見てみたい」と言う。 実際、研究者や建築関係者が見学に来ることもあるという。観光客もたまに訪れ、大内さんが家からたまたま出ると、「え、住んでいるんですか」と驚かれることもある。大内さんは「人が住むために造られた建物ではないので、使い勝手は良くはないが、快適に過ごせていますよ」と話す。 外から見学は出来るが、屋内の見学は学術的な研究の場合だけ受け入れているのだそうだ。有料会員になると会員限定の有料記事もお読みいただけます。※無料期間中に解約した場合、料金はかかりませんこの記事を書いた人伊東聖呉支局長専門・関心分野事件、沖縄、被爆者・戦争体験者、街だね関連トピック・ジャンルジャンル印刷するメールでシェアするFacebookでシェアする