インタビュー散骨は常識外の弔いか、無縁墓問題の救世主か 葬送の自由という人権聞き手・石川智也印刷するメールでシェアするFacebookでシェアする
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死んだら墓に入る――。その「常識」の前提が、大きく揺らいでいる。少子化が進み家族の形も大きく変わるなか、子孫が代々守り継ぐ従来の墓は、持続可能性を失いつつある。無縁墓や墓じまいが時代の課題として急浮上するなか、散骨は本人や遺族にとって、そして社会にとっても、一つの選択肢になり得そうだ。 先駆的に散骨に取り組んできた「葬送の自由をすすめる会」の中村裕二会長は、墓に入るも入らぬも遺志が尊重され、自由に弔い弔われる自己決定権の重要性を説く。 あなたが死後を過ごしたい場所はどこだろう。草葉の陰? 大海原? それとも……。意外と歴史の浅い「○○家の墓」 死んだら墓に入るのが当たり前。つい最近まで、日本人はそう思い込んでいました。しかし、この通念は決して古いものではありません。かつて庶民は遺体を山や河原に置く風葬が一般的で、火葬後の遺灰を海や森林に撒(ま)く散骨も、万葉集にすでに記載があります。 墓を誰もがもつようになったのは、いわば戸籍管理の代わりだった寺の檀家(だんか)制度が整った江戸時代から。さらに「○○家の墓」という家族墓が一般化したのはもっと遅く明治時代後期で、イエ制度の確立に伴うものです。 死後の居場所を墓とする構造は戦後も変わらず、1948年に施行された墓地埋葬法は墓地以外での埋葬を禁じます。人口増に加えて公衆衛生確保の必要もあり、各地で墓園造成が進みました。マイホームならぬ「マイ墓」時代の到来です。イエ制度は戦後民法で廃止されたものの事実上温存され、法的にも墓は相続財産ではなく、子孫が代々守り続けることが前提の「祭祀(さいし)承継」の対象とされたのです。ますます維持は困難に、墓じまいも増加 しかし、その前提は今や大き…この記事は有料記事です。残り1311文字有料会員になると続きをお読みいただけます。※無料期間中に解約した場合、料金はかかりませんこの記事を書いた人石川智也オピニオン編集部専門・関心分野リベラリズム、立憲主義、メディア学、ジャーナリズム論、原発関連トピック・ジャンルジャンル印刷するメールでシェアするFacebookでシェアする






