インタビューどう死に向き合い、どう弔うのか 母を自宅葬で送った民俗学者の思い聞き手・真鍋弘樹印刷するメールでシェアするFacebookでシェアする
[PR]
年間の死者が160万人を超える多死社会となった日本。この半世紀で葬送のあり方は大きく変わり、身内だけで執り行う家族葬や、通夜や告別式をせずに火葬場に送る直葬も増えた。葬儀や埋葬のあり方は、どう社会や人々の心の変化を映し出すのか。国立歴史民俗博物館で葬制と死生観を追い続ける、民俗学者の山田慎也さんに話を聞いた。家族単位の墓をつくるのが一人前という感覚 ――単身世帯が増えるなか、自分自身の葬送を準備する「終活」がブームですが、墓はいまだに家単位が主流ですね。 「一つの墓石の下に『カロート』という納骨空間を設けて、家族を追葬していく合葬式が普及したのは、関東大震災以降のことです。震災後の東京では区画整理が必要で、狭いスペースに効率的に納骨できるカロート式の墓は、都市が近代化するなかで生まれたのです」 ――昭和の頃には、郊外に霊園が多くつくられました。 「戦後になっても、民法上は廃止されたイエ制度の延長線上でしか、やり方を見つけられなかったということでしょう。上京して核家族をもうけた団塊の世代には、首都圏に家を建て、郊外の霊園に家族単位の墓をつくるのが一人前の証し、という感覚もあった。それが可能だったのは、日本が高度経済成長をして豊かになったから。仏壇が一番売れたのも、その頃です」 ――家族のかたちが変わっても、墓や葬儀の変化はゆっくりだった、と。 「ええ。戦後もイエ制度的な葬送が続いたものの、一方で直系の意識が強まりました。昔は分家の人でも本家の墓の一隅に埋葬するようなことがありましたが、カロート式になると、結婚して家を出た子どもは入りづらくなった。そんな事情も、墓が増えていく背景にありました」合葬墓地のきっかけとなった「戦争独身者」 「その一方で、継承を必要と…この記事は有料記事です。残り3328文字有料会員になると続きをお読みいただけます。※無料期間中に解約した場合、料金はかかりませんこの記事を書いた人真鍋弘樹オピニオン編集部|フォーラム編集長専門・関心分野人口減少と移民、民主主義、メディア、沖縄関連トピック・ジャンルジャンル印刷するメールでシェアするFacebookでシェアする







