コラム・寄稿後藤一也印刷するメールでシェアするFacebookでシェアする
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2025年秋。松尾未来さんは、人生で4度目のがんと診断された。「なんで25年しか生きていないのに、4回もがんになるの」。しかも、悪性度が高い。夜も眠れず不安だった時期もあった。「生きたい」と強く願っていた。 父は目のがん「網膜芽細胞腫」、母は進行性の目の難病「網膜色素変性症」。大学に入るまでは全盲の両親と3人暮らしをしていた。母は直腸がんで19年に亡くなった。 未来さんは生後2カ月で、両目とも父と同じ網膜芽細胞腫と診断された。左目の視力は0・2ほど、右目は義眼となった。 さらに、3歳のときには副鼻腔(ふくびくう)に、中学1年のときには右足のかかとにそれぞれ悪性の肉腫ができた。 同じ網膜芽細胞腫の知り合いでも、3度もがんになった人は他にいなかった。4度目のがんへの不安はあったものの、まさか本当になるとは想像していなかった。 3年前、3度のがんについて語ってくれた未来さん。その後の思いを取材しました。 大学を卒業して理学療法士として働き、大学在学中に知り合った夫(32)と結婚したのは25年5月のことだ。 その直後から、不正出血が続いた。生理が10日経っても終わらない。1カ月ごとに出血の量が多くなり、おなかの痛みも強くなった。激しい不正出血、世界で数十人の希少がんに 近所のクリニックで「子宮の…この記事は有料記事です。残り2519文字有料会員になると続きをお読みいただけます。※無料期間中に解約した場合、料金はかかりませんこの記事を書いた人後藤一也くらし科学医療部|医療担当専門・関心分野科学、医療関連トピック・ジャンルジャンル印刷するメールでシェアするFacebookでシェアする










