(後藤正文の朝からロック)愛と正義でなく、思いやりこそ2026年4月26日 5時00分印刷するメールでシェアするFacebookでシェアする

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インドネシアのジャカルタでコンサートを行った。 エアコンの利いた空港の建物から外に出ると、湿度の高い空気が全身を覆った。無数のバイクと自動車、大きなビルとバラックが混在する街の大渋滞を抜ける。仲間たちとスパイシーな料理を地元のクラフトビールで流し込んでから、ホテルのベッドに倒れ込んだ。夜明けと共に、近くのモスクからは礼拝を呼びかける音が鳴り響き、数年前と同じように、その大音量に驚いて跳び起きた。久しぶりのジャカルタ滞在に胸が弾んだ。 コンサートにはインドネシアのみならず、マレーシアやシンガポール、フィリピンなどの国からも観客が訪れていた。自分たちの作った日本語の歌が、どういうわけか別の言語圏の人たちに届いている。音楽やアートが境界を溶かす力は本当に素晴らしいと思う。 日本を発つ前に、尊敬するアーティスト、デイビッド・バーンが米国のフェスのステージで語った言葉についての記事を読んだ。「愛と思いやりは、一つの抵抗の形なのです」。確かにそうかもしれないと思った。 一方で、愛は信用できないのではないかと思う。愛と正義こそが、私たちと彼らを敵と味方に選(よ)り分け、多くの人間の命を奪っているのではないか。愛する人のため、愛する祖国のため、信じる正義のため、その言葉には無謬(むびゅう)だと信じ込む恐ろしい力が潜んでいる。思いやり、言い換えるなら親切は誰を対象にしてもできる。親切に食料を分けたり、席を譲ったりはできるが、親切にミサイルを打ち込んだり、家を燃やしたりするのは難しい。愛と正義はどうだろうかと考えてみてほしい。 私とあなたを選り分けずに、思いやること。それとなく隣で暮らして、認め合うこと。力は小さいかもしれないが、他者への思いやりこそが、数少ない人間の可能性なのではないかと観客たちに伝えた。(ミュージシャン) ◇毎月第4日曜日に掲載します。有料会員になると会員限定の有料記事もお読みいただけます。※無料期間中に解約した場合、料金はかかりません印刷するメールでシェアするFacebookでシェアする