ストーリー野田一郎印刷するメールでシェアするFacebookでシェアする
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北海道の真ん中に位置する十勝岳が噴火、残雪を溶かした泥流がふもとの人里に押し寄せ144人が犠牲になった「大正泥流」から、5月24日で100年を迎える。活火山と共に生きてきた上富良野町で長年、被災地を歩く「フットパス」を開催し、語り継ぐ男性がいる。 5月のすがすがしい風光の中、小高い山の間を縫って流れる富良野川沿いの道路を上流の日新地区へと車を走らせた。山あいに、残雪を頂き白い噴煙を上げる十勝岳が見え隠れする。 1926(大正15)年5月24日、この川を泥流が流れ下った。最初に襲われた集落が火口から約15キロの日新地区だった。 「真っ黒い泥流とともに木がすごい勢いでとんぼ返りしながら流れてきたそうです」 佐川泰正さん(73)が明治22年生まれの祖母・まさよさんから聞いた話を語ってくれた。宮城県から上富良野に入植した佐川さんの一族は、大正泥流で大きな被害を受けました。当時、1歳になったばかりの父親が助かったのは、祖母の機転によってでした。 曽祖父が一族を引き連れて宮…この記事は有料記事です。残り1282文字有料会員になると続きをお読みいただけます。※無料期間中に解約した場合、料金はかかりませんこの記事を書いた人野田一郎旭川支局長専門・関心分野人権、人口減、文化関連トピック・ジャンルジャンル印刷するメールでシェアするFacebookでシェアする






