インタビュー辺野古転覆、政府は「政治的中立性」語れるのか 早稲田大・近藤教授聞き手・宮崎亮印刷するメールでシェアするFacebookでシェアする

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沖縄県名護市辺野古沖の転覆事故で、研修旅行中だった同志社国際高校(京都府)の女子生徒らが亡くなったことを受け、文部科学省は、同校の教育内容が政治的中立性を定めた教育基本法に違反すると認定した。「教育の政治的中立性」とは何なのか。早稲田大の近藤孝弘教授(政治教育学)に聞いた。 ――事故は3月、平和学習で辺野古を訪れた同校の生徒18人が乗る小型船2隻が転覆し、女子生徒ら2人が亡くなり、計14人が重軽傷を負いました。 教育活動中に起きた事故であり、安全管理に不十分な点がありました。危険が予測できなかったとは言えず、学校の責任が問われます。しかし、安全管理上の問題と政治的中立性とは分けて考える必要があります。 この違いを見落とすと、現場の教員を萎縮させ、有意義な教育が難しくなります。平和と民主主義を支えるという教育の目標にとって、大きな障害が生じてしまいます。 ――教育における「政治的中立性」をどう考えるべきでしょうか。 日本では政治的中立性という言葉が普通に使われます。しかし、これが確保されているかどうかは結局のところ、自分の考えに近いか遠いかでしか判断できません。非常に難しいものです。 そもそも政治的中立性の判断を、文部科学省や学校を所管する京都府庁に委ねてよいのでしょうか。立場の中立性が保証されない者によって中立性の基準が設定されることになれば、それは自己矛盾だと言えます。 特に政府が政治的中立性を恣意的に判断すれば、学校法人や教育現場に対して、中立的でない指導がなされる可能性があります。 ――政治的中立性が確保されているか否かは、誰にも判断できないということでしょうか。 様々な見解のある問題につい…この記事は有料記事です。残り386文字有料会員になると続きをお読みいただけます。※無料期間中に解約した場合、料金はかかりませんこの記事を書いた人宮崎亮ネットワーク報道本部(大阪)記者|平和・人権専門・関心分野子ども・若者・教育・人権・平和・核兵器関連トピック・ジャンルジャンル印刷するメールでシェアするFacebookでシェアする