インタビュー無自覚に線を引く社会の生きづらさ 障害という言葉を捉え直すために聞き手・畑山敦子印刷するメールでシェアするFacebookでシェアする

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身体表現の世界で活動する義足のダンサー、俳優の森田かずよさん。自ら表現の場やインクルーシブな環境をつくってきた中で、「健常者中心の社会構造」の課題も見てきました。無自覚に「線を引く」社会が変わるために、何を問い直すことが必要か、聞きました。ダンサー・俳優 森田かずよさん健常と障害、線引き生む「エイブリズム」 気づきをもたらす視点とは ――どのような場面で健常者中心の社会だと感じてきましたか。 私は二分脊椎(せきつい)症と側彎(そくわん)症を持って生まれました。特に演劇やダンスなどの身体表現の世界で、障害者は存在しないことにされている、と感じたのが、約30年前の大学受験の時です。ダンスを学ぶために芸術系の大学に出願した時、「趣旨をわかっておられますか」と、受験すら拒否されました。 そこから見えない糸をたぐりよせるような感覚で続けてきました。その中で(誰もが自分らしく踊る)インクルーシブダンスや、障害のある独自の身体に誇りを持って表現する英国のダンサーたちの存在は、私に大きな影響を与えたと思います。 今は、当時より格段に芸術への門戸が開かれたと感じます。とはいえ、障害のあるダンサーや俳優は、社会でどう受け止められるでしょうか。特に、根底にある健常者中心の社会構造の中で、どのように世界を広げていくのか、課題は多いと思います。 芸術分野以外でも、障害者の生活を支える社会保障制度である重度訪問介護サービスは、一部の自治体をのぞき、原則として就労時は使えない問題もあります。重度障害者は「働く」と想定されていないのです。 日々の生活でも、30代半ばで車いすを使うようになりましたが、公共の場やお店もバリアフリーは進んだものの、段差や通路の幅の狭さなどで行けない場所はまだ多くあります。■「完璧」目指すバリアフリーが複雑にすること ――健常者の無自覚が、こうした社会をつくったのでしょうか。 自分と違う体で生きる人に無…この記事は有料記事です。残り1935文字有料会員になると続きをお読みいただけます。※無料期間中に解約した場合、料金はかかりませんこの記事を書いた人畑山敦子デジタル企画報道部|言論サイトRe:Ron専門・関心分野人権、ジェンダー、クィア、ケア関連トピック・ジャンルジャンル印刷するメールでシェアするFacebookでシェアする