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今年7月に「飛鳥・藤原の宮都」が世界遺産に登録され、国内の世界遺産は計27件となりました。現地を訪ね、登録までの厳しい道のりに挑んだ人や、遺産とともに生きる人たちに会いました。現場へ! 世界遺産の人々Ⅱ(1) 極彩色壁画「飛鳥美人」の高松塚古墳、四神が描かれたキトラ古墳、天皇の宮殿があった飛鳥宮跡……。 奈良県明日香村など3市村の19遺跡からなる「飛鳥・藤原の宮都(きゅうと)」が、7月に国内27番目の世界遺産に登録された。その原点と登録のキーパーソンに会いに行った。村を「まるごと博物館」に 世界遺産を正式に目指したのは20年前だが、さらにその2年前の2004年に「明日香村を世界遺産に」と名乗りを上げた人物がいた。当時の村長、関義清さん(85)だ。 私(56)は当時、飛鳥の遺跡を取材する現地の記者。久しぶりに村を訪れると、当時と変わらない穏やかな笑顔で迎えてくれた。 建設会社を経営し、元々考古学に詳しいわけではなかったそうだ。「飛鳥美人」を発見した網干(あぼし)善教さん(関西大名誉教授、06年死去)から直接学び、上京する新幹線で本をよく読んだという。 田畑が広がる村の景観は明日香法(1980年施行)で守られ、開発は厳しく制限されている。ならばと、関さんは、村の資源として遺跡の活用を掲げた。 文化財の専門職員を独自に採用する一方、キトラ古墳に注目した。83年に石室内に四神の玄武像が確認されていたが、「発掘は破壊につながる」と国は再調査に後ろ向き。村は98年に考古学者らを集めて調査に乗り出し、他の四神や天文図の発見につなげた。村内の発掘調査では、酒船石遺跡で亀形石造物を発見するなど成果を出した。 そして提唱したのが「明日香まるごと博物館構想」だった。「文化財、それと一体になった歴史的風土(遺跡と自然が形作る景観)、維持管理する住民。これらを財産・主人公として村全体を野外博物館とする」というもの。「その延長にあるのが世界遺産」。関さんはそう語った。 この流れに「飛鳥・藤原」はある。飛鳥京の次に中国の都城を模範に造った藤原京の宮殿・藤原宮跡(橿原市)や山田寺跡(桜井市)も含め、世界遺産の候補となった。候補になったものの、登録への動きは停滞しました。記事の後半では、動きを一気に加速させた2人の職員に会い、その取り組みを紹介します。 地元を中心に準備が進み、資…この記事は有料記事です。残り1161文字有料会員になると続きをお読みいただけます。※無料期間中に解約した場合、料金はかかりません

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この記事を書いた人筒井次郎文化部|大阪駐在・歴史担当専門・関心分野世界遺産、京都・奈良、寺社・遺跡・文化財関連トピック・ジャンルジャンル印刷するメールでシェアするFacebookでシェアするXでシェアするはてなブックマークでシェアする