【社説】飛鳥・藤原、世界遺産に決定 遺跡を見て静かに想像したい2026年7月26日 19時01分印刷するメールでシェアするFacebookでシェアするXでシェアするはてなブックマークでシェアするこの社説のポイント●「飛鳥・藤原の宮都」(奈良県)の世界遺産登録が決まった。構成する19の資産の多くは、宮殿や寺院の跡だ●資産が集中する明日香村は、積み重ねた法や条例で景観を含めて「保存」に努め、「まるごと博物館」を掲げる●観光など「活用」にも取り組むが、「見えない世界遺産」の価値を守りたい

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奈良県の19の遺跡からなる「飛鳥・藤原の宮都(きゅうと)」の世界遺産への登録が決まった。地元が名乗りをあげてから20年、「東アジアにおける古代国家形成の重要な証拠」と認められた。 大陸や朝鮮半島と交流しながら、飛鳥時代の6世紀末~8世紀初めに中央集権国家ができた過程を示す、二つの宮都。明日香村、橿原(かしはら)市、桜井市に点在する構成資産には、「飛鳥美人」の極彩色壁画で知られる高松塚古墳やキトラ古墳も含まれる。 しかし資産の中心は、宮殿や寺院の「跡」だ。地元の人が「京都や奈良の市街地なら『さあ、見てください』。ここでは『目をつぶって想像してください』です」と語る、そんな空間が広がる。 高松塚とキトラを含む15資産が集中する明日香村は、村全体で「まるごと博物館」を掲げる。個々の史跡や文化財にとどまらず、景観を含めて「保存」を大切にする姿勢を貫いてきた歴史に基づく。 発掘調査が本格化したのは、戦前の1930年代。戦後の高度成長期には、大阪への通勤圏にあるこの地にも宅地開発の波が押し寄せた。66年に施行された古都保存法に基づき村の一部が指定されたが、危機感を抱いた一部住民の訴えが政府を動かした。 70年には、飛鳥地方の歴史的風土と文化財の保存に関する方策が閣議決定された。その2年後に高松塚から壁画が発見され、空前のブームも追い風に、「保存」に軸足を置く対応が定着していった。 ただ、主力の農業の先行きは見通せず、住民の間では肝心の生活が置き去りとの不満も高まった。80年には歴史的風土の保存に加えて生活環境の整備もうたった通称・明日香法が制定された。 法と条例の規定を組み合わせ、住宅や柵の新築や増改築、木竹の伐採、色彩の変更などを厳しく規制。いまも、瓦ぶきの落ち着いた家屋が田んぼや「跡」と並び、溶け込む景観が保たれている。 一方で、90年代初めに7千人を超えていた人口は、いま5千人を切る。高齢化に加え、家の建て替えも自由にならないことへの反発から地域を離れた人もいる。 村は、「保存」を大切にしながら、少しずつ「活用」への試みを重ねている。空き家バンクを立ち上げ、村外から移住者を募集。古民家を生かした宿泊施設や瀟洒(しょうしゃ)なレストランに続き、人気ホテルの開業も決まった。 今も発掘調査が続き、変わることのない「見えない世界遺産」の価値を、これからも守り、問い続けたい。世界遺産に決定「飛鳥・藤原の宮都」全19構成資産を写真つきで紹介「社説digital」は、朝日新聞朝刊に掲載する社説をいち早くお届けします。有料会員になると会員限定の有料記事もお読みいただけます。※無料期間中に解約した場合、料金はかかりません関連トピック・ジャンルジャンル印刷するメールでシェアするFacebookでシェアするXでシェアするはてなブックマークでシェアする