2026年9月1日 0時01分平川仁印刷するメールでシェアするFacebookでシェアするXでシェアするはてなブックマークでシェアする
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44人が亡くなった歌舞伎町のビル火災から、9月1日で25年が経つ。8月31日夜には、遺族らがビルの跡地を訪れ、手を合わせ、犠牲者を悼んだ。煙の先に小さな「山」、救助隊員がみた惨状 44人死亡の火災で何が鳴らし続けた娘の電話、聞こえてきた隊員の声 「いま生きていたら」ふさがれた逃げ道、絶えぬ違反 44人犠牲の歌舞伎町火災から25年 火災は2001年9月1日未明に発生。ビル唯一の避難経路だった内階段に荷物などが大量に置かれるなどして被害は拡大。3階と4階にいた44人が亡くなった。警視庁は放火の可能性があるとして捜査を続けてきたが、未解決のままだ。 4階の飲食店で働いていた長女の愛子さん(当時26)と、次女の彩子(さいこ)さん(同22)を亡くした植田安子さん(74)は毎年、慰霊に訪れている。この日も午後10時ごろ、献花台に花束と、犠牲者全員のために折った鶴4400羽を手向けた。 花束の包みは愛子さんが好きだった青色と、彩子さんが好きだった赤色。「今年も来られたよ。がんばっているよ」と声をかけたという。 現場の脇では多くの通行人が通り過ぎていった。植田さんは火災を知らない人も増えていると感じている。「44人、みな生きたかっただろうし、やりたいこともあったと思う。失われた尊い命を無駄にしないためにも、少しでも火災のことを知ってほしい」と語った。有料会員になると会員限定の有料記事もお読みいただけます。※無料期間中に解約した場合、料金はかかりません
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