不登校だった君へ 「犬のおっちゃん」になった元先生の罪滅ぼし大坪実佳子印刷するメールでシェアするFacebookでシェアするXでシェアするはてなブックマークでシェアする
[PR]
中学校の社会科教諭だった青木潤一さん(42)。学校犬を全国に広めたいと、退職して2022年に一般社団法人「日本スクールドッグ協会」(岡山県西粟倉村)を立ち上げました。 京都の私立中で社会科の教員をしていた20代のころのことだった。 初めて担任を持ったクラスに、不登校の男子生徒がいた。 声をかけ、休日や放課後に釣りやキャッチボールをするうち、別室登校できるようになった。 だが彼は高校で再び登校できなくなり、自主退学を選んだ。いま思うと、若さゆえに自分一人でもがいていたのが良くなかった、と感じる。 「もっと多様な人や居場所など、他の選択肢を示してあげられたら違ったのかな」 いまでも思い出すと涙がこぼれる。 自責の念に駆られ、「十字架を背負ったような気持ちで」教員生活を送ること約10年。 東京の私立小教員、吉田太郎さんの講演会に参加したのが大きな転機となった。 吉田さんは、不登校の子の「学校に犬がいたらいいのに」というつぶやきをきっかけに、全国に先駆けて2003年から犬とともに学校に出勤していた。子どもたちの安心できる居場所づくりにつながっているほか、命の大切さを伝える動物介在教育にもなっていると語っていた。 別室登校できても時間を持て余していた、あの男子生徒がふと思い浮かんだ。 もしあのとき、彼の隣に犬がいてくれていたら……。 17年、盲導犬を育てる団体からラブラドルレトリバーとゴールデンレトリバーのミックス犬スー(当時1歳、メス)を譲り受け、家に迎えた。夫婦共働きで忙しく、家は新築でためらいもあったが、妻が背中を押してくれた。 管理職の許可を得て、毎朝一緒に通勤。授業中は他の教員が遊び相手になってくれた。生徒たちは休み時間になでて、話しかけ、散歩した。生徒の表情が変わり始め、スーがパートナーになっていると感じた。 ただ、私学だから学校独自の判断で実践しやすかった。自分ができる範囲は、学内だけだ。個人の力量に委ねられたら、長続きはしない。 「より多くの子どものために、仕組みとして全国に広められないだろうか」 当時、生活指導部の主任を務めていて、今後管理職になる可能性もあった。子は小3と保育園児。「40歳を過ぎたらきっと守りに入ってしまう。動くなら、今だ」記者サロン「学校に犬がいるということ」 視聴申し込みはこちらから 21年に退職し、たまたまニ…この記事は有料記事です。残り926文字有料会員になると続きをお読みいただけます。※無料期間中に解約した場合、料金はかかりません
【この記事の続きが読める】有料記事が読み放題のスタンダードコースが初回1カ月無料!詳しくはこちら宅配紙面の購読者なら、ダブルコース半年割がお得です。詳しくはこちら






