深掘り「ハットリくん」が胸ポケットに秘めた信念 元厚労相・坂口氏を悼む君島浩印刷するメールでシェアするFacebookでシェアするXでシェアするはてなブックマークでシェアする 初代の厚生労働相で、公明党副代表を務めた坂口力さんが8月7日、亡くなった。 私は四半世紀以上も前の1999年、公明を担当し、水面下で進んでいた自民党との連立協議を取材した。当時、日々の動きを追いかける記者の間でささやかれた坂口さんの異名は「忍者ハットリくん」だった。 政策責任者だった坂口さんは当初、連立慎重派とされ、民主党(当時)との窓口役を最後まで担っていた。一方で、自民幹部と密会し、粘り強く、政策をすりあわせるようになる。 現場を見届け、話を聞こうとしたが、巻かれることもたびたび。会合場所のホテルから、調理場を通り抜けて裏口から逃げられたこともあった。今から半世紀前に建てられた衆院議員宿舎の部屋の前の廊下で待ち構えていると、シャワーの音が聞こえたので、他の取材先に回ったところ、再び、夜の街に消えていたこともあった。 記者同士の間では「坂口さんは2人いる」との冗談も交わされた。「ハットリくん」は、忍者の里・伊賀にほど近い三重県の山村出身で、茫洋(ぼうよう)とした風貌(ふうぼう)もあいまっての愛称だった。 伊賀流ならぬ「坂口流」は、2001年に省庁再編で誕生した厚生労働省の初代大臣となってから、本領が発揮された。 私はたまたま、厚労省の担当…この記事は有料記事です。残り1939文字有料会員になると続きをお読みいただけます。※無料期間中に解約した場合、料金はかかりません

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この記事を書いた人君島浩世論調査部専門・関心分野政局、政策、選挙関連トピック・ジャンルジャンル印刷するメールでシェアするFacebookでシェアするXでシェアするはてなブックマークでシェアする