2026年8月15日 19時30分印刷するメールでシェアするFacebookでシェアするXでシェアするはてなブックマークでシェアするこの社説のポイント●小泉防衛相ら4閣僚が靖国神社に参拝。高市首相の式辞から「反省」が消えた●戦前の歴史に向き合う姿勢が風化していないか。政権全体の姿勢が問われる●首相はかつて「反省」を否定したが、謙虚な反省は未来を築く土台である
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敗戦から81年。高市政権になって初の「終戦の日」に、小泉進次郎防衛相ら4閣僚が靖国神社に参拝した。高市早苗首相は参拝を見送ったが、全国戦没者追悼式の首相式辞からは「反省」の文字が消えた。歴史に真摯(しんし)に向き合う姿勢が風化していないか。政権全体の姿勢が問われる。 閣僚で参拝したのは小泉氏のほか、黄川田仁志こども政策担当相、小野田紀美経済安全保障担当相、城内実経済財政担当相。自民党の鈴木俊一幹事長ら党幹部もそろって参拝。鈴木氏は「高市総裁の思いを体して参拝をさせていただいた」と語った。 戦争で命を落とした人を悼むのは当然だ。しかし、靖国は国家神道の中心的な施設として、軍国主義と結びつき、国民を戦争に駆り立てた。戦後、憲法が「政教分離」を定めたのも、その負の歴史への反省からだ。 A級戦犯14人が合祀(ごうし)されてもいる。閣僚ら政治指導者の参拝は、戦前の歴史を正当化しようとしていると受け取られても仕方あるまい。冷え込んでいる日中関係の改善を遠ざけ、良好な協力を維持している韓国との関係にも水を差しかねない。外交上も得策とはいえない。 実力組織である自衛隊を率いる防衛相の参拝は、特に看過できない。幹部を含む自衛官らの靖国への集団参拝が明らかになったり、海上自衛隊の元海将が靖国トップの宮司に就任したり、戦前との「断絶」を疑わせる出来事が近年、相次いでいる。 防衛相に求められるのは、自衛隊の行動が歴史に逆行しないように戒めることだ。一昨年の木原稔防衛相に続く小泉氏の参拝は、その責務を果たすどころか、憲法の秩序や戦後政治が積み重ねてきた価値を後退させかねない。 閣僚時代も終戦の日の参拝を続けてきた首相は今回、党総裁として私費で玉串料を納めるにとどめた。一方で、追悼式の式辞では、戦後80年の節目だった昨年、石破茂首相が言及した「戦争の反省」や「不戦の誓い」には触れなかった。安倍晋三首相が第2次政権下の式辞で言わなくなったものを、石破氏が「復活」させたが、首相が踏襲することはなかった。 首相は1995年、国会で「私自身は、当事者とは言えない世代ですから、反省なんかしておりませんし、反省を求められるいわれもない」と発言したことがある。式辞で日本は「インド太平洋の輝く灯台」になれると述べたが、未来を築く土台には、過去の歴史への謙虚な反省が必要なことを忘れてはならない。小泉防衛相が靖国参拝、韓国は呼び出して抗議 高市首相は「遥拝」「社説digital」は、朝日新聞朝刊に掲載する社説をいち早くお届けします。有料会員になると会員限定の有料記事もお読みいただけます。※無料期間中に解約した場合、料金はかかりません







