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夏の甲子園に新たな歴史が刻まれた。女性審判委員が初めて全国選手権大会に出場した。高校野球の聖地に立った5人を紹介する。【観戦記】私も審判の資格を取得、選手として強みに 杉原愛子さん育児で10年離れても 森田真紀さん(49)は、5日の開幕試合で二塁塁審を務めた。「球から目を離さない、常に球に正対するという基本を自分に言い聞かせた」という。「1人に背負わせても勝てない」 札幌日大、前田和磨主将のプライド 社会人まで軟式野球に打ち込み、現在は公立中学校の教員だ。埼玉県高校野球連盟に所属する。育児で約10年間、審判から離れたが、その間も審判講習会を子連れで聴講するなどして腕を磨いてきた。 開幕試合には小学生になった子ども2人も「応援」にかけつけた。「(甲子園は)やっぱりすごくきれい。自分もその中にいさせてもらえて、ありがたかった」と振り返った。聖地は「すべてがキラキラ」 2009年から佐賀県高校野球連盟で審判委員を務めてきた松本京子さん(47)のデビューは、6日の第2試合での二塁塁審だった。佐野日大、初戦突破に秘話 150キロ投手対策で「遅いボール」打つ 足が震えるほど緊張するタイプだが「景色を見る余裕もあって驚いた。すべてがキラキラして見えた」。ナイター照明の下、堂々とジャッジした。 高校までソフトボールに打ち込み、現在は病院で事務職をしている。「野球をやめても、審判をしようという人が増えたらうれしい。女性もできるよっていうのを、私たちが見せられたらいいな」と話した。野球がうまくなるように、楽しい 佐藤加奈さん(39)は7日の第3試合で二塁塁審を務めたのが最初だった。「本当にたくさんの方に声をかけていただいた」と家族や職場の人、知人らに感謝した。6歩のリード、勝利の布石 逆転呼び込んだ有明・栄井選手の「足」 審判の道に進んだのは2012年、教員を務めた中学校でのことだった。高校野球でのデビュー戦は18年、出身地の大阪での大会。結婚、出産を経て現在は埼玉県高野連に所属している。 経験を重ねるうちに審判のやりがいを感じている。「技術が向上していくのが野球がうまくなっていくような感覚で、楽しいなと思うようになりました」覚悟決め、つないだバトン 岩男(いわお)香澄(かすみ)さん(33)は7日の第4試合での二塁塁審を終え、「すごく注目していただいた分、覚悟を決めて立った。女性(審判委員)のバトンをつなげた」と語った。選抜敗退から磨いた「持ち味」 長崎日大が16年ぶりの甲子園勝利 東京・蒲田女子高(現・羽田国際高)の女子硬式野球部の選手だった。同じく神奈川で審判委員を務める父の昇治さんの背中を追って審判委員の道に入った。 横浜市内の病院で看護師をする傍らでグラウンドに立つ。審判委員の高齢化やなり手不足に触れ、「もっともっと若い人にも興味を持ってほしい。選手と一緒に試合を作って汗を流せることが醍醐(だいご)味です」。一球一球、大事に「夢はかなうよ」 栃木県高校野球連盟の和田佳奈さん(29)は、7日の第4試合で右翼外審を務めた。立正大淞南が長崎日大に敗れる 太田嵐主将、恩返しの願いかなわず 高校時代は宇都宮工のマネジャーだった。県高野連審判部長の誘いを受け、卒業後に審判委員に。会社に勤めながらジャッジの腕を磨いた。夏の甲子園で担うのは「すごく大きな夢でした」という。 試合を終え、「すごくうれしく、誇りに思いました」と満面の笑み。一球一球、大事に見て動けたといい、「女の人でもここまで迫力あるんだっていう審判をめざしたい」と目標を語った。「引退するまで立ちたい。球審をやってみたい」とすっかり甲子園に魅了された様子だった。 甲子園をめざす女性を含む審判委員に対しては、「努力を続ければ、夢は絶対にかなうよ、っていうのは伝えていきたい」と話した。大学生2人、聖地でジャッジ学ぶ 東大阪大2年の吉岡心都葉(ことは)さんと山口大1年の渡辺真奈さんが、審判委員の研修として甲子園を訪れた。ビデオ検証で判定が変わったとき、審判のあるべき心境は 夏の甲子園 吉岡さんは、法隆寺国際(奈良)のマネジャーだった2年冬、監督から勧められ練習試合で審判に就いた。高校卒業後も野球に関わり続けたくて、昨年からは奈良県高校野球連盟で審判委員を務める。「審判という形でグラウンドに立てるのはうれしいこと。しっかり立てるようになりたい」と語った。 渡辺さんは、宇部(山口)では部員として学生コーチのような役割をしていた。練習試合などで審判の手伝いをするうちに「見る角度、一つ一つのしぐさにも意味がある」と奥深さにひかれていった。 今春の山口県大会でデビューをした。甲子園で女性の先輩が審判委員をした試合を見て、「この流れをつなげていきたい」と話した。将来は高校教員となり、審判と両立させていきたいという。






