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親のためを思って言ったのに、毎回言い争いになる――。そんな経験はありませんか? 今回は、「老いる親との話し合いがけんかになってしまう」という悩みを考えたいと思います。連載「上手に悩むとラクになる」 45歳の会社員サチコさん(架空の人物)は、ここ数年、実家に帰るたびに気が重くなります。理由は、70代後半の父の運転と、母のスマートフォンです。 父は今も、車で買い物や通院に出かけています。目立った事故はありませんが、駐車に時間がかかったり、道を間違えたりすることが増えました。サチコさんが「そろそろ免許返納を考えたらどうかな」と切り出すと、父は決まって「まだ大丈夫だ。そんなことを言われる年じゃない」と反発します。 母は母で、ネット銀行や通販サイト、サブスクを使いこなしているつもりですが、パスワードはすべて頭の中。サチコさんが「何かあったときのために、整理しておこう」と言うと、「縁起でもない。財産目当てなの」と不機嫌になります。 サチコさんは、親のためを思って言っているだけなのに、いつも親と険悪になり、最後は自己嫌悪に陥ってしまいます。 これは、単なる「親子げんか」ではありません。サチコさんのような悩みは、40~50代からの相談で非常に多いです。高齢者による交通事故やデジタル遺産のトラブル、認知症のニュースを見て不安になって、親に話題を振ると、かえって関係が悪化してしまうことはありませんか? 心理学的に見ると、親子の役割が入れ替わり始める時期に生じる痛みが、ここに凝縮されています。「まだ自立している」老いへの不安から守る反応 親世代にとって、運転やお金の管理は単なる生活手段ではありません。「自分はまだ自立している」という感覚そのものです。免許返納やデジタル終活は、「老いを認める話」に聞こえてしまうのです。 心理学では、こうした不安から自分を守るための心の働きを「防衛機制」と呼びます。その中でもよく見られるのが、否認です。「自分はまだ若い」「運転が下手になったわけではない」と受け入れようとしないのは、わがままではなく、老いへの不安から自分を守る必死な反応です。 一方で、子どもの側にも葛藤があります。親の衰えを目の当たりにすると、自分自身の老いや将来を突きつけられます。 この不安や悲しさはとても扱いにくいため、「どうして分かってくれないの」「ちゃんとしてよ」という怒りの形で出てしまいます。これは冷たさではなく、喪失を前にした自然な反応です。 ただし、「事故を起こしてからじゃ遅い」「死んだ後に困る」といった正論は、親にとっては「もうあなたは信用できない」という宣告に聞こえやすく、心を閉ざす原因になります。 ここで大切なのが、「説得」ではなく感情への理解です。 サチコさんは、これまでこんな言い方をしてきました。 「そんな状態で運転を続けるのは無責任だよ」「何かあったら、こっちが全部困るんだから」 どちらも、事実としては間違っていません。それでも、こうした言葉が出るたびに父は怒り、母は心を閉ざしてきました。気持ちを分かろうとする姿勢を伝えよう 例えば、こう言い換えてはいかがでしょうか。 「運転できなくなったら、行きたいところに行けなくなって寂しいよね」「スマホを人に触られるのって、嫌な感じがするよね」 まず「そう感じていることは分かろうとしている」という姿勢を示します。 ここで、心理学でよく用いられる「YOUメッセージ」と「Iメッセージ」をご紹介します。 YOUメッセージとは、「相手」を主語にした伝え方です。 「あなたは分かっていない」「あなたが変わるべきだ」 こうした言葉は、相手の心に評価・非難・支配として届きやすいです。特に、親世代は「子どもから能力を否定された」「立場を奪われた」と感じやすく、防衛反応が一気に強まります。 一方、Iメッセージは「私」を主語にします。 「私は、もし事故が起きたらとても怖い」「私は、何かあったときに一人で抱えるのが不安」 ここで語られるのは、自分の感情と願いです。相手を変えようとする圧力が弱く、防衛反応が起きにくくなります。Iメッセージは、対話の入り口を広げます。「ここまでは私」の境界線 親子は、境界線があいまいな関係です。幼少期の深い結びつきは、大人になっても完全には切り替わりません。無意識に、「親の幸せ=自分の安心」「親の不調=自分の不安」と感じやすいのです。 子どもの側は、「幸せになってほしい」という愛情が強いほど、境界線を越えやすくなります。「親の人生を、私が何とかしなければならない」「このままでは、取り返しがつかない」という感覚が強まると、気づかないうちに、指示・命令・監督の立場に入り込んでしまいます。 すると、親は「管理されている」「子ども扱いされている」と感じ、反発します。そして、関係がこじれ、子どもの側も疲弊してしまうのです。 ここで誤解してほしくないのは、境界線を引くことは、突き放すことではないという点です。 境界線とは、「ここまでは、私が関われる」「ここから先は、私の責任ではない」という心の線引きです。例えば、情報を伝える、選択肢を示す、気持ちを伝える。ここまでは子どもができることです。しかし、最終的に決めて行動する、責任を引き受ける。これは、親自身の領域です。親の選択を尊重、必要なら第三者の力も Iメッセージは、この境界線を保つための言葉でもあります。「私はこう感じている」と伝えたうえで、相手の選択を尊重する。それは無関心ではなく、相手を一人の大人として扱う姿勢です。 サチコさんは、免許返納の話を一度やめ、「運転できなくなったら、何が一番困る?」と父に聞いてみました。父はしばらく黙ったあと、「釣りに行けなくなるな」と答えました。 そこから、「月に一度は一緒に行こうか」「タクシー代は私も出すよ」という話に広がりました。免許はすぐには返納されませんでしたが、父は自分から高齢者講習の話題を出すようになりました。 すべてが解決したわけではありません。ただ、話し合いが「けんか」ではなくなったのです。親の選択を尊重しつつ、関係を壊さない。簡単ではないですが、現実的で持続可能な関わり方です。 必要であれば、かかりつけ医や警察、金融機関など第三者の力を借りることも、有効でしょう。家族だけで抱えず、社会問題としてみんなで解決できる時代がやってきました。 この超高齢社会を、知恵を出し合ってうまく乗り切りたいですね。 ◇ このコラムの筆者の新刊が出ました!「なぜあの人は時間を守れないのか」(中島美鈴著、PHP研究所)https://www.php.co.jp/books/detail.php?isbn=978-4-569-86052-7〈臨床心理士・中島美鈴〉 1978年生まれ、福岡在住の臨床心理士。専門は認知行動療法。肥前精神医療センター、東京大学大学院総合文化研究科、福岡大学人文学部、福岡県職員相談室などを経て、現在は九州大学大学院人間環境学府にて成人ADHDの集団認知行動療法の研究に携わる。






