この社説のポイント●高市首相が、8%の食料品の消費税率を来春から2年間、1%に下げると表明した●高齢化がピークに近づく2040年を前に、社会保障を支える「お財布」に穴を開ける。政治が守ってきた一線を越えた判断だ●格差拡大を通し、社会全体の安定まで揺るがせてしまう。中低所得者の負担軽減には、的を絞った支援を追求すべきだ

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高齢化がピークに近づく2040年を前に、社会保障の「お財布」に年間5兆円もの穴を開ける。そんな首相の決断だ。私たちは、日本社会のあり方を左右する重大な岐路に立っている。本来の目的から逸脱 高市早苗首相が、現在8%の食料品の消費税率を来年4月から2年間、1%に引き下げる意向を表明した。年金、医療、介護、子育て支援の社会保障に使う安定財源と位置づけられる消費税で、税率を引き下げるのは1989年4月の導入以降、初めてだ。 足元では物価上昇が続き、家計の圧迫感が強い。所得が低い人ほど打撃は大きい。影響は一律でないからこそ、必要な層に「的確に届く」支援が急がれる。社説もこれまで、中低所得者への支援強化の必要性を指摘してきた。 だが、減税は広く支持を得やすくても、本来の目的を達成する手段として適切ではない。より多く消費する高所得者ほど、減税額は大きい。 代わりの財源の確保策を詰めたとは言えない。首相は「特例公債(赤字国債)に頼ることなく財源を確保する」としつつ、「今後の予算編成過程で示す」と述べるにとどまる。借金に頼らないという意気込みをいくら語っても、「歳出・歳入全般のあらゆる見直し」は根拠に欠ける。 誰かにより恩恵がある予算を削減する、誰かにより多くの負担を求める、といった具体策があって、初めて減税と比べた効果を見定められる。 財源の確保策が甘いと金融市場が判断すれば、国債や円が売られ、さらなる金利の上昇、円安を招く。かえって物価高となり、私たちの暮らしに響く可能性がある。 目線を引いて眺めると、より深刻な問題が見えてくる。 与野党が、物価高への不安と不満の高まりに乗じて支持拡大を競うなか、視野が「今だけ、ここだけ、自分だけ」に狭まっていることだ。欠ける中長期の視点 税と社会保険料を減らして使えるお金を増やすという、「手取り至上主義」が政界を席巻している。一方、長期的に、社会をどう安定させるのかが、まったく語られない。そこに最大の不安がある。 消費税は、現役世代が主に払う所得税や社会保険料と違い、高齢者を含めた幅広い世代が消費に応じて幅広く負担する。景気変動の影響を受けにくいため、社会保障のお金を安定して確保してきた。だからこそ歴代の政権は有権者から反発があっても、税率を3%から5%、8%、10%へと小刻みに引き上げてきた。 高市首相は「私が責任をもって確実に税率を戻す」という。だが、減税から2年後、一気に7%の増税を予定する際に、高市首相が責任ある地位にいるとは限らない。 無責任に流れる政治に歯止めをかける作業が必要だ。 2040年を見据えた社会保障の給付と負担の見通しを描き、そのなかに消費税を位置づけ、点検するべきだ。 高齢化がピークに近づく2040年に向け、医療や介護の必要度が高い層が増える一方、働き手の中心となる15~64歳の生産年齢人口は減っていく。現金給付や減税で手取りを増やしても、サービスを支える体制や人材、財源の見通しを踏まえなければ責任ある決断と言えない。 今年2月の衆院選では、チームみらいを除く野党はそろって消費税の減税や廃止を訴え、自民党も公約で2年に限った食料品消費税の減税の「検討を加速」を記した。圧勝を受けて高市首相が発足させた社会保障国民会議は、給付付き税額控除と食料品消費税の減税を議題とした。 会議の出発点となったのは、いわゆる「翁(おきな)カーブ」だ。税や社会保険料の負担から、児童手当や生活保護などの現金給付を差し引いた「純負担率」を国際比較すると、日本の中低所得者層は米独仏より負担が重いとされる。その是正を目指す考え方について、与野党も一致していた。何を優先するのか ところが、今回の首相判断は食料品の消費税減税を「私自身の悲願」とした言葉にこだわった結果、格差の是正や中低所得者の支援という本来の目的から、大きく離れてしまった。 自身のメンツを守るのを優先し、減税をめぐる数々の課題や金融市場の警鐘を軽んじる。税や社会保障の長期的なテーマで与野党で丁寧に合意形成する枠組みを、首相独断でなし崩しにする。 自民党も、そんな振る舞いを許容している。高市政権の支持率は下落したとはいえ、依然、高い水準にある。その結果、目先の人気取りを優先し、静観を決め込むなら責任政党の名に値しない。 政治が取り組むべきは、「くらしの安心を社会がどう保障するか。そのコストを誰がどう負担するか」という骨太の問いに向き合うことだ。 その営為を放棄し、減税を先行させれば、社会保障は不安定になる。格差拡大を通じて、社会全体の安定まで揺るがせてしまう。 これまで政治が大切に守ってきた一線を越えた判断だ。高市首相、27年4月の消費減税を表明「2年後責任もって元に戻す」「社説digital」は、朝日新聞朝刊に掲載する社説をいち早くお届けします。