インタビューやまゆり園事件が学校現場に問うたこと 「自分は加害の側にいる」聞き手・田中聡子印刷するメールでシェアするFacebookでシェアするXでシェアするはてなブックマークでシェアする
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「あの事件が学校現場に問うたことは、非常に大きく、重たい」――。津久井やまゆり園事件の後、神奈川県内の小学校教員の大和俊広さんは、担任するクラスの学級通信でこうつづりました。何が問われているのでしょうか。やまゆり園事件から10年相模原市の障害者施設「津久井やまゆり園」で2016年7月26日、入所者19人の命が絶たれました。「内なる優生思想」を前に、立ち尽くしてきたかのような10年。葛藤し、思考し、乗り越えようとする人たちに話を聞きます。「できることがいいことだ」 ――やまゆり園事件が起きたとき、何を思いましたか。 もしかしたら、自分は加害の側にいるんじゃないか――。そう感じて、ぞわぞわとしました。 自分たち教員が子どもに言っていることは、植松聖死刑囚の「障害者なんていなくなればいい」という発想と地続きなんじゃないか、と。どうしても伝えたいと思い、夏休み明け最初の学級通信に思いをつづりました。 ――「子どもに言っていること」とは。 「できることがいいことだ」という価値観です。「成長」を重視して子どもたちに接する。「大きい・強い・速い」がよいこととされています。できる子を褒めて、「評価」もつけます。 それは「できないことは悪いこと」とか「小さい・弱い・ゆっくり」はよくないという逆の価値観も内包している。ある意味、「優生思想」ですよね。子どもたちも「できない自分はだめだ」と内面化します。自分はできるかできないか、有用かどうかという考え方を、学校が教えています。 ――でも、できるようになるのはいいことですよね。養われる差別的なまなざし 悪いことじゃないけど、そう…この記事は有料記事です。残り1834文字有料会員になると続きをお読みいただけます。※無料期間中に解約した場合、料金はかかりません関連トピック・ジャンルジャンル印刷するメールでシェアするFacebookでシェアするXでシェアするはてなブックマークでシェアする






