デザイナー永井一正さん、最後まで病床で制作 横尾忠則さんも追悼編集委員・大西若人印刷するメールでシェアするFacebookでシェアするXでシェアするはてなブックマークでシェアする 2020年に予定されていた東京五輪のエンブレムの当初案が、別のロゴに似ていると騒動になっていた15年。選ばれた経緯を審査委員代表のこの人に聞いてみようと考えた。ちゃんと答えてはもらえないかもな、と思いつつダメ元で自宅に電話してみた。「ちょうど説明しようと思っていました」とあっさり取材を承諾し、発表された案は応募案を微修正したもので、元々はそのロゴとは似ていないと丁寧に説明してくれた。 記事が出た後、他のメディアからも取材依頼が殺到したはずで、結局当初案も撤回された。私はもう敬遠されるかなと思っていたが、その後も快く取材に応じてくれた。 「永井さんのことを悪く言う人は誰もいなかった。一度も怒られたことがない」 1960年代、草創期の日本デザインセンターで永井チームだった現代美術家の横尾忠則さん(90)の言葉も「誠実な紳士」という世評通りだ。 横尾さんのイラストを広告な…この記事は有料記事です。残り723文字有料会員になると続きをお読みいただけます。※無料期間中に解約した場合、料金はかかりません関連トピック・ジャンルジャンル印刷するメールでシェアするFacebookでシェアするXでシェアするはてなブックマークでシェアする
デザイナー永井一正さん、最後まで病床で制作 横尾忠則さんも追悼:朝日新聞
2020年に予定されていた東京五輪のエンブレムの当初案が、別のロゴに似ていると騒動になっていた15年。選ばれた経緯を審査委員代表のこの人に聞いてみようと考えた。ちゃんと答えてはもらえないかもな、と思…
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