コラム・寄稿美輪明宏さん 横尾忠則さんが悼む 僕の涙に見た三島由紀夫の憑依印刷するメールでシェアするFacebookでシェアする
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僕が寺山修司主宰の「天井桟敷」に参加して、1967年初演の「青森県のせむし男」の舞台美術の制作時に美輪明宏さんに会ったが、この時点では彼はまだ丸山明宏さんだった。 彼がシスターボーイとして「メケ・メケ」(1957年)で衝撃の登場を果たした時、神戸新聞会館の大劇場で僕は彼の舞台を観(み)ていた。そんな彼の出演する芝居のポスターを何年か後に描くなんて想像だにしていなかった。 だけど美輪さんとの邂逅(かいこう)は同時に決別でもあった。というのは「毛皮のマリー」の舞台美術の装置のサイズを寺山修司の助手の勘違いで間違って発注したために舞台に装置が設置できなくなった。その責任を美術の僕に転嫁したので、僕は怒ってその場で作業を放棄したために、美輪さんとの関係が終わってしまった。 ところがそのトラブルを知っ…この記事は有料記事です。残り1036文字有料会員になると続きをお読みいただけます。※無料期間中に解約した場合、料金はかかりません
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