永井啓子印刷するメールでシェアするFacebookでシェアするXでシェアするはてなブックマークでシェアする
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車は来ないか。不審な人はいないか。 午前7時。「防犯」と書いたキャップとベストを身につけ、いつもの横断歩道に立つ。 ランドセルを背負った子どもたちが、弾んだ声であいさつしてくる。 「グータッチ! よっしゃ、いってらっしゃい」。平寿彦さん(79)は、そう返して、背中を見送る。 あの日から、もう25年になる。 平さんは当時、金沢市の住宅街で電器店を営んでいた。昼、一息つこうとテレビをつけると、学校を空から映した映像が飛び込んできた。子どもたちが校庭に逃げ出していた。 2001年6月8日。大阪教育大付属池田小学校(大阪府池田市)に男が侵入し、児童8人が殺害される事件が起きた。 その日の午後、保育所に2人の孫を迎えに行くと、園長が不安そうに言った。「うちは職員全員が女性。もし同じことが起きたら……」 「孫たちを守らねば」と思い、すぐに近所の中高年の知り合いに協力を呼びかけた。 翌日、7人が棒や縄を手に保育所に集合。「キッズレスキュー隊」として、何かあれば駆けつける態勢をつくった。結成を報告すると「とんでもない」 しかし、最寄りの警察署に結…この記事は有料記事です。残り771文字有料会員になると続きをお読みいただけます。※無料期間中に解約した場合、料金はかかりません
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