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満員電車で、ヘルプマークをつけた人から席を譲られたら――。あなたならどう受け止めるでしょうか。「助ける人」と「助けられる人」の境界線は、私たちが思うほどくっきりしていないのかもしれません。骨盤骨折で長く車いす生活を経験し、現在は杖で歩く朝日新聞の竹石涼子記者が、日々の「モヤモヤ」を朝日新聞ポッドキャストでMCの杢田光記者と語りました。日常の場面に潜む見えない困難、積もりに積もった感情が決壊する瞬間、そしてそれでも残る人の温かさについて考えます。 ※本記事は、ポッドキャスト音源を生成AIで文字起こしし、音声チームと出演者が確認・校正したうえで公開しています。「今日はあなたの方がしんどそうです」 数週間前、竹石記者は取材帰りの地下鉄でラッシュに巻き込まれました。手すりにつかまれなくなり、杖だけでは体を支えきれずに、大きく揺れるたびに周囲の人にぶつかってしまう。「これはピンチだ、一度降りようか」と考えていたそのとき、隣に立っていたヘルプマークをつけた乗客の前の席が空きました。 その方が座ったことでできたスペースに移り、中央の手すりをつかもうとした竹石記者に、相手はすっと立ち上がって言いました。 「私、今日は体調大丈夫です。今日はあなたの方がしんどそうです」 竹石記者はいったん断りますが、相手の言葉に甘えて席に座りました。その人は2駅ほどで対面の席が空き、そちらに移ったそうです。 この出来事を振り返りながら、竹石記者はこう話します。 「お互いしんどさが分かっている人同士で、『今日はあなたの方がしんどそう』『今日は私の方がしんどいからごめんね』って言い合える。障害があっても席は譲れるし、してもらうだけじゃない。そういう関係でいられたらいいなと思いました」 助ける側と助けられる側は固定されたものではなく、その日の体調や状況によって入れ替わるもの。当たり前のようでいて、日常の場面ではつい忘れてしまう感覚かもしれません。見えない困難と、誰でもトイレの「誰でも」 リスナーの方からは、誰でもトイレの使い方についても声が寄せられました。竹石記者にも、使用中の誰でもトイレを思わずノックしてしまった経験がありました。骨盤骨折の影響で尿意を我慢できず、切実にトイレを必要としていた時期のことです。 トイレから出てきた人たちは、小さなお子さんづれなど、さまざまでした。ただ正直、「どこが困っているのか分からない」と思ってしまった人もいた、といいます。そんなとき、竹石記者は、自省もこめて「見えない困難」に思いをはせようと提案します。 「ノンバイナリーの方で男女別のトイレに入りづらい人かもしれない。対人恐怖症で、人が行き交うトイレを苦痛に感じる人かもしれない。見えるものだけが障害ではないし、見えるものだけが困りごとでもない」 優先席についても同様で、杢田記者自身が体調不良で冷や汗をかきながら座った経験を明かす場面がありました。普段どんなに元気な人でも、突然その席を必要とする瞬間はあります。「元気そうに見えるから譲るべきだ」と決めつけてしまうと、見えないつらさを抱えた人を追い詰めかねない。スペースが限られているからこそ、瞬時の判断は難しいけれど、だからこそ想像力が求められる場面です。病院から次々と断られて 竹石記者は、車いす時代に大腸がん検診を受けようと電話をして断られ続けた体験についても語りました。障害のある人の健康診断や検診の受診率は、そうでない人と比べて低いとされています。 1カ所目のクリニックで「車椅子で検診を受けたい」と伝えると、「治ってから来てください」。2カ所目。「支えがあれば立てる、一人でベッドへの移動もできる」と具体的に説明しても、断られました。3カ所目では、窓口の人にこう言われたそうです。 「うちは患者さんが多いので。車椅子に限らず、手が掛かる人は受けていないんです」 病院なのに、と心の中で思いながらも言い返せませんでした。4カ所、5カ所と電話を重ねるうちに、少しずつ伝え方を変えていったけれど、受けてもらえません。過去にポリープを切除した経緯を話し、経過観察の必要性を訴えても、結果は同じでした。親切な窓口の人に、怒ってしまった 6、7カ所ほど電話をかけ続け、次に話した病院の窓口担当者は、それまでのどこよりも親切でした。そこでは受けられませんでしたが、その人は、内視鏡の担当者に掛け合い、他に受けられそうなところも探そうとしてくれた。その姿がありがたくて、涙がこぼれていたのに、竹石記者はその人に感情をぶつけてしまったといいます。 「あなたに恨みがあるわけじゃない。でも、私が病院に電話をかけたのはもう七つ目なんです」 本当は、それまで断られた病院に怒りたかった。でもそのときは圧力が大きすぎて、跳ねのけることもできなかった。だからこそ、優しく応対してくれた人のところで感情があふれてしまった。竹石記者はそう振り返ります。 最後の病院で、看護師がこう言いました。 「私たちで手伝えることを遠慮なくおっしゃってください。そのために私たちがいるので」 その一言で、また涙が止まらなくなったそうです。目の前のその人に、怒っているわけじゃない雨の日に傘をさせない私 障害で何が変わるのか 「対話の壁」に挑む 竹石記者は、この体験を「怒りの正体」として語ります。 満員電車でよろめき続けた末の疲労。エスカレーターの先が階段だったときの落胆。バリアフリーのルートが限られ、真上の地上に出るのに駅構内を1周することになり、上がった先に、待ち合わせ場所までの長い上り坂が出現した時の絶望。健康だったときと現在との落差をいや応なく突きつけられる感覚。 そうした経験が積もり積もったところに、ふと優しい声をかけられると、感情が決壊することもある。リスナーの方からも「声をかけたら怒られた」「無視された」という声が届いていましたが、竹石記者はこう話しています。 「怒った瞬間に目の前にいる人に怒っているというよりは、それまで積み重なってきたものに対して怒っている部分もあるんじゃないかなって、思うようになりました」 もし街なかで誰かに声をかけて、思いがけない反応が返ってきたとき。その人が抱えている「積もり積もったもの」を少しだけ想像してみる。それだけで、次の一歩が変わるかもしれません。番組紹介車イスから杖歩行になった記者 バス停であふれた涙 ありがたい、でも悔しかった(前編) #1072 朝日新聞ポッドキャストでは、くらし科学医療部の竹石涼子記者とMCの杢田光記者が、リスナーから届く日常のモヤモヤを出発点に対話を重ねています。今回の番組では、涙をこらえたり、「ちょっと自分の嫌なところが出ている気もする」と苦笑いしながら話したりする場面もありました。そんな心の揺れや迷いに耳をすませば、見慣れた街の風景が少し変わって見えるかもしれません。竹石涼子記者のプロフィル杢田光記者のプロフィル番組を振り返って(竹石・杢田より)(竹石)療養中、生きがいの一…







