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Aストーリーズ 小脳梗塞になった記者(1) 一仕事を終え、口に放り込んだドライマンゴーを左の奥歯でかみしめた。その瞬間、目の前の景色がグニャッとゆがんだ。天井の蛍光灯がどろりと溶け、視界の左側の景色が液体のように右に向かって流れ込んできた。座っているのに足元が揺れ、身体をまっすぐに保てない。 2024年10月11日午後1時40分ごろ、朝日新聞東京本社で、記者(48)は、経験したことのないめまいに急に襲われた。机に突っ伏し、目を閉じた。 しばらく休んだが、目が回り続けている。社内の診療所へ行こうと立ち上がったところで、力が入らず、倒れた。 「大丈夫ですか」 同僚の声がする。そばにいるはずなのに、遠くから聞こえるようだった。 「24時間、365日記者」。記者を志したころに聞いた、この言葉を忘れないように働いてきた。社会部や国際報道部で働き、この2年前まではサンパウロ特派員としてメキシコからチリ、アルゼンチンまで中南米を飛び回っていた。オピニオン編集部を経て10月から社会部に異動したばかり。事件事故や外国人をめぐる課題を追う日々が、はじまる矢先だった。 数分後、到着した救急隊員に促され、氏名などを答えた。我ながら「意識はしっかりしている」と安心した。病院に運ばれる途中で、左腕がしびれ始め、数回嘔吐(おうと)した。 ここから数日間の記憶は断片的だ。入院「2週間は見て下さい」 意外と長いな 搬送先は、職場から2キロほ…この記事は有料記事です。残り2031文字有料会員になると続きをお読みいただけます。※無料期間中に解約した場合、料金はかかりません

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この記事を書いた人岡田玄オピニオン編集部 記者専門・関心分野中南米、沖縄、移民、民主主義、脱植民地主義、働き盛り世代の脳卒中、武道、武術の身体操作関連トピック・ジャンルジャンル印刷するメールでシェアするFacebookでシェアする