視点・解説時代の変化に戸惑う人に寄り添った、美輪明宏さんとヨイトマケの唄河村能宏印刷するメールでシェアするFacebookでシェアする
[PR]
6月20日に91歳で亡くなった美輪明宏さんの歌手としての代表曲といえば、1960年頃に作られ、65年に本名の丸山明宏名義で発表した「ヨイトマケの唄」だろう。歌手で俳優の美輪明宏さん91歳で死去 「ヨイトマケの唄」共感呼ぶ 「メケメケ」(57年)がヒットし、シャンソン歌手として、「神武以来の美少年」などとして脚光を浴びていた頃、九州のある炭鉱町で公演した。石炭で手が黒くなり、顔のしわまで炭で黒光りしているように見えた観客を前に、「この人たちの前で歌える歌が、私にはない」と思い至り、それが名曲の誕生につながったという。 〈♪父ちゃんのためなら エンヤコラ 母ちゃんのためなら エンヤコラ もひとつおまけに エンヤコラ 今も聞こえる ヨイトマケの唄 今も聞こえる〉 泥にまみれ、男たちと働く母。そして、その息子はいじめられながらもエンジニアとなり、亡き母に感謝する――。歌詞は、過酷な労働現場で働いていた小学生時代の同級生の母親や、苦学して技術者になった別の友人といった、複数の人物の人生が溶け合って生まれたものだという。 朝日新聞が2013年3月に「うたの旅人」というコーナーでこの曲を取り上げた際、美輪さんが取材に応じ、こう振り返っていた。「貧しい人ほど、魂が美しい人が多い。そんな人々のプライドを励ます歌が必要だと思ったの」「社会派シャンソンの精神性が流れている」 音楽評論家の北中正和さんは…この記事は有料記事です。残り624文字有料会員になると続きをお読みいただけます。※無料期間中に解約した場合、料金はかかりません
この記事の続きを読むなら今がお得。初回1カ月無料+Visaギフトカードが当たる▶今すぐ登録
関連トピック・ジャンルジャンル印刷するメールでシェアするFacebookでシェアする







