2026年6月28日 11時12分印刷するメールでシェアするFacebookでシェアする 「ヨイトマケの唄」の大ヒットや舞台、テレビなどでの幅広い活躍で知られた、歌手で俳優の美輪明宏(みわ・あきひろ、本名丸山明宏〈まるやま・あきひろ〉)さんが6月20日に老衰で死去した。91歳だった。所属事務所が28日、発表した。葬儀は近親者で行った。 長崎市出身。10代半ばで上京し、国立音楽大学付属高校を中退した後、1952年に戦後のシャンソンブームを支えた銀座の「銀巴里」で専属歌手としてデビューした。57年に「メケ・メケ」がヒット。「シスターボーイ」の愛称とともに、一気に知名度を上げた。自ら作詞作曲、俳優としても活躍 日本のシンガー・ソングライターの先駆けとされる。自ら作詞作曲し、65年に発表した「ヨイトマケの唄」は労働者の尊厳や、母と子の絆を力強く歌う姿が多くの人の共感を呼び大ヒットした。2012年には同曲でNHK紅白歌合戦に初出場し、話題になった。 俳優として、寺山修司が手がけた「青森県のせむし男」「毛皮のマリー」のほか、江戸川乱歩原作で三島由紀夫が脚本を担当した「黒蜥蜴」など数々の舞台に主演。再演を重ねた。 被爆者として平和を訴えてきたことでも知られる。45年8月9日の長崎原爆投下時は10歳。爆心地から3・9㌔の長崎市本石灰町にあった自宅で被爆した。自身の楽曲には原爆や反戦をテーマにしたものが少なくなく、メディアの取材や自身の公演では、たびたび戦争体験を語ってきた。 テレビドラマやバラエティー番組、教育番組、ラジオのパーソナリティーとしても活躍。80歳を過ぎても舞台やライブを毎年開催していたが、19年9月に脳梗塞(こうそく)で入院して以来、人生相談の回答者としての仕事や、トーク番組の出演などに活動を限定していた。朝日新聞では12年5月から人生相談コーナー「悩みのるつぼ」の回答者を務めていた。有料会員になると会員限定の有料記事もお読みいただけます。※無料期間中に解約した場合、料金はかかりません
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