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兵庫県西宮市の林達也さん(52)が7月4、5日、東京で開かれる朝日アマチュア囲碁名人戦(朝日新聞社、日本棋院主催)の全国大会に出場する。プロになる夢を諦め、指導者になったが、若手に背中を押されて挑戦。26年ぶりに県代表の座をつかんだ。「最後まで粘り、抵抗をしてくる」と闘志を燃やす。 2000年10月、囲碁の子ども教室に、講師として初めて参加した日のこと。通ってきた3兄弟のうち、次男がしくしく泣いていた。何度やっても兄に勝てない。「囲碁を打つのはもう嫌」とこぼしていた。 囲碁の戦術の一つに、相手の石を立て続けに囲もうとし、逃げる石を碁盤の端まで追い詰めて取る「シチョウ」がある。「必殺技」として教え込み、再び迎えた兄弟戦。次男は見事に相手の石を取りきった。ピースサインをして得意げに叫んだ。「取ったどー」 その笑顔を見て、はっとした。「囲碁が好きでプロをめざしていたのに、いつからか楽しむ気持ちがなくなっていた」「あと一歩」だったプロ試験 囲碁を覚えたのは、10歳のころ。自宅で父の碁盤と碁石を見つけ、「きれいだな」と思ったのが最初だった。半年たった時、初めて出た大会で全勝し「体の大きさや年齢は関係ない。こんなに面白い世界があるんだ」とのめり込んでいった。 新聞に載った棋譜を切り抜き、棋士の打ち方を学んだ。徐々に頭角を現し、関西棋院の院生(プロ候補生)に。アルバイトなどをしながら、プロ試験への挑戦を続けた。 「あと一歩」まではいった。それでも、壁は越えられなかった。00年4月、朝日アマ囲碁名人戦の前身にあたる十傑戦で県代表になったが、全国大会は初戦敗退。プロ試験の予選落ちも重なり、「囲碁をやめよう」と覚悟した。そんな折、関西棋院の理事から、囲碁教室の講師に誘われた。 幼いころ、父から何度も聞かされた。「囲碁は1人でするゲームだが、相手が必要。人と人の輪が広がっていくのが囲碁の魅力だ」。忘れかけていた囲碁の楽しさを広めるため、指導者の道に進むことにした。 初心者から県代表まで幅広く指導にあたり、生徒数は最大で50人ほどに増えた。教え子の一人には、後に世界最年少でプロ棋士となった藤田怜央初段(13)もいる。 18年1月、大阪市の碁会所「囲碁サロン・雅」に母親に連れられてやってきた。「お母さんの後ろから、ピョンッて出てきたのが、おーくんだった」。当時はまだ4歳。「れ」の発音がうまくできず、自分の名前を「おー」と言っていた。 毎日、碁会所にやってきた…この記事は有料記事です。残り687文字有料会員になると続きをお読みいただけます。※無料期間中に解約した場合、料金はかかりません
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