ガッツ石松さんの生き様は終生変わらず 負けても「まずは一歩から」広部憲太郎印刷するメールでシェアするFacebookでシェアする
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ガッツ石松さんが2日肺炎のため亡くなった。 とぼけた発言で共演者をずっこけさせ、「OK牧場」を連発。タレントとしてのガッツさんしか知らない人もいるだろうが、ボクシング史にも輝かしい功績を刻んだ。 栃木県で生まれ、貧しい家庭で育った。 中学卒業後に単身上京。ボクシングをしながら職を転々とした。 1966年にデビューし、74年、24歳でライト級の世界王者に挑戦。モハメド・アリのワンツーを手本とした速く重い右で王者をKO。拳を突き上げ喜びを表現する様は「ガッツポーズ」として定着した。試合を決める「幻の右」は代名詞となった。 根性論が幅を利かせた時代。自主性を重んじる名トレーナー、エディ・タウンゼントさんの指導が肌に合ったという。 「酒が飲みたい、たばこが吸いたいと言っても、エディさんは『どうぞ』と言ってくれた」。その代わり、練習したいと言うと、何時であろうと細い体でミットをいくらでも受けた。 「エディさんがそこにいることで赤ん坊のように安心する。ホットコーヒーを飲んでほっとする。そんな感じだった」。ユーモアも交えて振り返っていた。 エディさんは言葉のかけ方も絶妙だった。2度目の防衛戦は11ラウンドまで劣勢。 最終ラウンド直前、こう言われたという。【動画】ガッツ石松さんが死去。WBCライト級王座を防衛した1975年の映像など=ロイター 「ガッツさん、この試合負け…この記事は有料記事です。残り461文字有料会員になると続きをお読みいただけます。※無料期間中に解約した場合、料金はかかりません関連トピック・ジャンルジャンル印刷するメールでシェアするFacebookでシェアする






