インタビュー「高市旋風」の中、馳前知事なぜ負けた?森喜朗氏とは?散歩で尋ねた川辺真改 動画制作・小野甲太郎印刷するメールでシェアするFacebookでシェアする【動画】プロローグ なぜ負けた?馳浩が語る石川県知事選の敗因
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3月の石川県知事選の結果は、中央政界にも衝撃をもたらした。2月の衆院選で吹き荒れた「高市旋風」を追い風に再選をめざした馳浩氏(65)が、新顔候補に敗れたからだ。大半が災害対応に追われた4年間。わずか1期での退場となった馳氏はいま、何を思うのだろうか。 馳氏は散歩が日課だ。記者が同行取材を打診すると、快諾してくれた。 やや薄暗さが残る午前5時半、東京・目黒の駅前。上下黒のジャージーを着て水色のタオルを持った馳氏が現れた。 「レッツゴー」散歩インタビューのポイント・能登地震対応 浴びた批判と悔い・現職知事がプロレス参戦のわけ・知事選に敗北 「高市効果」の別側面 ・森喜朗元首相が語った後悔(記事末尾に詳細なインタビュー動画を載せています) 馳氏の合図で約1時間45分の「散歩インタビュー」が始まった。 馳氏の経歴は異色だ。 国語教師として高校で教壇に立ち、レスリングで五輪に出場。プロレスラーを経て政界入りし、国会議員を26年務めた後、2022年3月の知事選で初当選した。「危機管理の4年間」 震災対応で浴びた批判 直面したのは24年元日に発生した能登半島地震だ。想像していた知事の生活にはならなかったのでは? 記者が問いかけると、「危機管理の4年間でしたよね」と語り始めた。 発災から1カ月間は知事室に泊まり込んだ。「すさまじい数の相談、決裁」だった。 ただ、震災対応では批判も浴びた。 朝日新聞は22年の知事選期間中にも、県の地震被害想定が20年以上更新されていないことを報じていた。だが、被害想定が手つかずだと馳氏が知ったのは発災後だった。 発災直後に一般のボランティアが被災地に入らないよう呼びかけたことも批判された。被災地につながる道路の混雑を避けるための発信だった、と説明する。「ちょっと、強めに言わないと。命がかかっていますから」。ただ、発言がきっかけでその後現地入りするボランティアの数が伸び悩んだ可能性について指摘すると、発言が「ボトルネック」になった面もあったと認めた。「(補足として)『人命救助のために、今は』とかあった方がよかったかな。今だから言えますけども……」 全半壊した建物を自治体が取り壊す「公費解体」の遅れも指摘された。 「批判や指摘を受けるのが行政の責任」 そう自分に言い聞かせるように語った。その上で、多くの人に伝えたいことがあるという。 厳しい寒さの石川。燃料を担いで移動するスタッフが足を滑らせて頭から燃料をかぶったという報告も受けていた。「目に見えないところで、人の命を守るために頑張っている方々がたくさんいらっしゃったってことは、お伝えしたいですね」盟友のためプロレス参戦 「なんとかそばに……」 災害対応だけでなく、1期4年の在任中の行動が物議を醸すことが何度かあった。 例えば、震災前年の23年元…この記事は有料記事です。残り1829文字有料会員になると続きをお読みいただけます。※無料期間中に解約した場合、料金はかかりませんこの記事を書いた人川辺真改政治部|自民党担当専門・関心分野国内政治、社会福祉、スポーツ関連トピック・ジャンルジャンル印刷するメールでシェアするFacebookでシェアする










