運動会に参加する則竹崇智さん(左)と敬太さん=2011年9月、愛知県一宮市、則竹崇智さん提供
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息子が生きていれば、今年11月で20歳だった。 近所で息子の同級生たちの成長ぶりを見かけて無性に涙が出るほど悲しい時もあれば、心がなぎのような日もある。 「海の波と一緒なんです。感情の振れ幅は少なくなっているが、敬太を思う気持ちは変わらない」 愛知県一宮市の則竹崇智さん(55)は約10年前、「ながら運転」による事故で、小学4年生だった次男敬太さん(当時9)を亡くした。新名神の6人死亡事故、あす初公判 厳罰化後も減らぬ「ながら運転」 2016年10月16日午後、敬太さんは長男らと下校中だった。判決などによると、当時30代だった男は、スマートフォンゲーム「ポケモンGO」をしながらトラックのハンドルを握っていた。小学生の集団や、前方に横断歩道があることに気づいていた。「人のモラル」だけに訴えても… だが、対向車もあったので小…






