ストーリー廃業の危機に直面した酒蔵 若者に「日本酒はすてき」と気づかされて松下秀雄印刷するメールでシェアするFacebookでシェアする

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【連載】日本酒の未来を描く(上) 新谷文子さん(48)は、夫の義直さん(57)を見送ったときのことを絶対に忘れない。 2006年、義直さんは自分ひとりでも酒を造ると決意し、JR新山口駅から東京に向かった。生後10カ月の長女とふたりで見送った文子さんは、列車が見えなくなっても、ホームに立ち尽くしていた。そのときの心境をこう表現する。 「戦争に夫を送り出す人みたいな気持ち? これから、この子をどうやって育てていくんだろう、と」 義直さんは、山口市徳地にある新谷酒造の3代目社長。小さな蔵で造る「わかむすめ」はその後数々の賞を受賞。文子さんはそのころ山口県にいなかった女性杜氏(とうじ)となり、いまは夫妻と蔵人1人の計3人で醸す。 だが、そうなるまでに、2度の廃業の危機を乗り越えなければならなかった。1年中搾りたてを飲める 蔵の特徴に落とし穴 第一の危機は、先代である義直さんの祖父のもとで酒造りを担ってきた杜氏や蔵人らが高齢や健康を理由に次々引退したこと。義直さんは、東京に当時あった酒類総合研究所の施設で酒造りを学び直すことから始める。そして、ひとりで造るために温めていたアイデアを実行に移す。日本酒の生産量は、半世紀ほど前の4分の1弱。多くの酒蔵が苦境にあります。そんななか、世界に活路を見いだそうとする山口市の小さな酒蔵「新谷酒造」。そこで「わかむすめ」を醸す杜氏の苦闘を報告します。 日本酒は伝統的に、秋に収穫…この記事は有料記事です。残り1241文字有料会員になると続きをお読みいただけます。※無料期間中に解約した場合、料金はかかりませんこの記事を書いた人松下秀雄山口総局記者専門・関心分野国内政治、政治参加、憲法、国民投票、戦争関連トピック・ジャンルジャンル印刷するメールでシェアするFacebookでシェアする