コラム・寄稿石牟礼道子、死者の魂に「添寝」する俳句 絶望一辺倒ではなく印刷するメールでシェアするFacebookでシェアする
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朝刊歌壇俳壇面で月1回掲載している、俳人・岸本尚毅さんの「俳句時評」。今回は石牟礼道子の俳句を取り上げます。俳句時評・岸本尚毅 〈祈るべき天とおもえど天の病む〉は石牟礼道子の俳句。祈るべき「天」さえ病んでいる。意味の上では暗澹(あんたん)たる作品だ。だが五七五の調べのゆえだろうか、必ずしも絶望一辺倒ではなく、病んでしまった「天」を慰藉(いしゃ)しているかのような思いも感じられる。 水俣出身の武良(むら)竜彦の近刊『石牟礼道子 たましいを浄化する文学』(コールサック社)は、石牟礼の文学の全体像を描出し、その一部に俳句があることの意味を問う。たとえば二〇一二年作の〈月影や水底の墓見えざりき〉という句。石牟礼はダムに水没した村を素材にした小説「天湖」(一九九七年)を書いたが、その十余年後、小説よりはるかに簡素な俳句という形式に「水底の墓」への思いを再び託した。 石牟礼は表現の一つとして俳…この記事は有料記事です。残り314文字有料会員になると続きをお読みいただけます。※無料期間中に解約した場合、料金はかかりません関連トピック・ジャンルジャンル印刷するメールでシェアするFacebookでシェアする






