ストーリー2026年5月27日 19時05分武田肇印刷するメールでシェアするFacebookでシェアする

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「核兵器なき世界」を掲げたオバマ米大統領(当時)が広島市を訪れてから、27日で10年が経った。あの日、オバマ氏に花輪を渡した高校生は、揺れ動く世界にどう向き合っているのか。 「あの日があったから、今でも平和活動を続けている。私の人生を大きく変えてくれた」 会社員の並川桃夏さん(27)=広島市=は、オバマ氏と対面した10年前を思い出すと胸が熱くなる。公認会計士を目指しながらNPO法人「ノーモア・ヒバクシャ記憶遺産を継承する会」(東京都)のボランティアスタッフとして活動している。あなたはなぜ広島の原爆資料館に? 外国人来館者が感じ、語ったこと オバマ氏が公園を訪れたのは、2016年5月27日夕。広島女学院高校3年生だった並川さんは、原爆死没者慰霊碑に向かうオバマ氏に花輪を渡す大役を任された。 当時のことは細部まで覚えている。前日、テストを終えた後、校長に呼ばれ、「何かやらかしたかな」とドキドキしていると、「歴史的なセレモニーに出てほしい」と頼まれたこと。秘密厳守を求められ、友だちにも親戚にも明かせず胸がチクリと痛んだこと。「話しかけたらダメだよ」と市職員から釘を刺されていたのに、オバマ氏から「ハウ アー ユー」と声をかけられ、緊張のあまり「サンキュー」しか返せなかったこと。 花輪を受け取った時はにこやかだったオバマ氏は、慰霊碑へ歩み始めた瞬間、きりっと真剣な表情に切り替わった。「亡くなった被爆者に思いを巡らせているのだと感じた」。スピーチ後、被爆者の森重昭さん(3月に88歳で死去)を抱きしめた姿も強く印象に残った。「核のない世界に向かう一歩を踏み出したと思った」 しかし、期待はすぐにしぼんだ。8カ月ほどで「アメリカファースト」を掲げるトランプ大統領が就任。「核兵器なき世界へ」の合言葉は色あせていった。学校で核兵器禁止条約の実現を求める署名実行委員会の中心だった並川さん自身も、受験勉強で平和活動に時間を割けなくなった。大学進学で上京した東京では、広島のように核廃絶や平和の問題を真剣に語り合える仲間がすぐには見つからず、「目標を見失いそうになった」。 それでも平和活動を再開したのは、「あの記憶が心にあったから」だ。 核大国のロシアによるウクライナ侵略、核不拡散を口実にした米国・イスラエルのイラン攻撃。世界は、オバマ氏が掲げた理想と正反対の「力による平和」が幅をきかせているように思える。 希望を抱くのは、自らがかかわる「未来につなぐ被爆の記憶プロジェクト」の親子イベントに最近、「子どもの未来が心配」「私自身も知らないことばかりなので、子どもと一緒に平和を考えたい」という親の参加が相次いでいることだ。「多くの人が今の状況に危機感を持ち、どうすべきか考えようとしている」 オバマ氏の広島訪問以降、海外から平和記念公園を訪れる人が増えたことも前向きな動きだと感じる。「オバマ氏の訪問で、世界の人が広島に関心を持ったことは今も残る成果。これからも自分のペースで、平和活動を続けていきます」有料会員になると会員限定の有料記事もお読みいただけます。※無料期間中に解約した場合、料金はかかりませんこの記事を書いた人武田肇広島総局員専門・関心分野原爆・平和、朝鮮半島、鉄道関連トピック・ジャンルジャンル印刷するメールでシェアするFacebookでシェアする