インタビューとことんストイックだった筒美京平 未発表曲アルバムは意外にジャズ野城千穂印刷するメールでシェアするFacebookでシェアする

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作曲家・筒美京平(1940~2020)の未発表曲をまとめたアルバム「TOKYO SUITE」が、3月にアナログレコードで発売された。意外にも、そのジャンルはジャズ。日本の戦後を代表する歌謡曲の大ヒットメーカーは、本業の傍らプライベートでジャズバンド活動を続けていた。 今作のプロデューサーで、筒美のアシスタント経験もある川原伸司(75)は「京平さんは、洗練された音楽をどうやってお茶の間で受け入れられるようにするか、ということを何十年もやってきた。今回のアルバムには、そういうことから少し解放された京平さんの素顔が収められている」と話す。 筒美がジャズに傾倒したのは、青山学院大学の学生時代。マイルス・デイビスらが傑作を連発した、モダンジャズの黄金期だった。筒美はピアノを弾き、作曲家を志すようになった。 1963年に日本グラモフォン(現ユニバーサルミュージック)に入社。社員として働きながら、すぎやまこういちに作曲を学んだ。 退社後の69年、いしだあゆみの「ブルー・ライト・ヨコハマ」で日本レコード大賞作曲賞を受賞。以来、職人としての道を突き進む。洋楽を徹底的に研究して歌謡曲に取り入れ、ヒットを量産した。尾崎紀世彦の「また逢う日まで」、太田裕美の「木綿のハンカチーフ」、小泉今日子の「なんてったってアイドル」……今も輝く名曲は、枚挙にいとまが無い。 川原は、レコード会社でディレクターを務めていた80年代頃から筒美と深く関わるようになったという。筒美の手がけた曲には「聴く人の心に残るトリッキーな要素があった」と語る。「ゴルフ・六本木ざんまい」にはならなかった 「近藤真彦さんの『ギンギラ…この記事は有料記事です。残り989文字有料会員になると続きをお読みいただけます。※無料期間中に解約した場合、料金はかかりませんこの記事を書いた人野城千穂文化部|音楽担当専門・関心分野音楽、舞踊関連トピック・ジャンルジャンル印刷するメールでシェアするFacebookでシェアする