ストーリー悔し涙のミーティング、バスで熱唱した歌 健大高崎が一つになるまで安藤仙一朗印刷するメールでシェアするFacebookでシェアするXでシェアするはてなブックマークでシェアする

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(22日、第108回全国高校野球選手権大会決勝 智弁和歌山―健大高崎) 室内練習場に重苦しい空気が流れていた。 2025年9月28日。健大高崎は、秋の群馬県大会準々決勝で敗退した。4年連続の出場をめざした春の選抜大会への道が閉ざされたことを意味していた。 自校に帰ってのミーティング。静岡県出身の捕手・大岩翔斗が口を開いた。「群馬まで来て、甲子園にも行けなくて、それでいいのか?」 前のチームは石垣元気(ロッテ)、佐藤龍月(りゅうが)(オリックス)とプロ野球に進んだ2人の投手を擁し、甲子園では優勝候補にも挙げられる個の能力が高い集団だった。 それを引き継いだ新チームには、「自分たちも強い」という慢心があった。秋の大会前の練習試合では敗戦が続いたが、公式戦になれば勝てるのではないか、という根拠のない自信も蔓延(まんえん)していた。 大岩はレベルの高い環境を求めて、群馬県外から進学してきた選手も多いはずなのに覚悟が足りていないと感じた。大岩が涙ながらに本音をぶつけると、他の3年生たちにも、悔し涙が広がっていった。 主将の石田雄星は「『自分たちは弱い』と自覚した」と振り返る。敗戦が、長い冬場を乗り切るエンジンになった。 コンクリートを詰めた約20キロの単管パイプを担いで走り、基礎体力を徹底的につけた。 迎えた春の県大会。決勝では17―4で大勝し、優勝した。ただ、夏への原動力となったのはまたしても敗戦だった。 春の関東大会準々決勝の横浜戦。八回を終えて1点リードしながら、九回に失策が重なって逆転負けを喫した。 「守れなければ、上のレベルでは勝てない」。課題が明確になり、各選手がノックを受ける回数を増やした。今夏の甲子園で、1―0の緊迫の守り合いを、3試合も制することができたのは練習のたまものだ。お好み焼き店に帰りに歌った歌 壁にぶつかっても、めげずに励まし合って乗り越えてきた健大高崎。その根底には主力、控え、メンバー外を問わない3年生たちの仲の良さがある。 選手の多くが生活する「健心…この記事は有料記事です。残り1068文字有料会員になると続きをお読みいただけます。※無料期間中に解約した場合、料金はかかりませんこの記事を書いた人安藤仙一朗スポーツ部専門・関心分野高校野球、駅伝関連トピック・ジャンルジャンル印刷するメールでシェアするFacebookでシェアするXでシェアするはてなブックマークでシェアする