ストーリー孫の一言、気づいた情けなさ 始めた証言活動、「心がとける」経験も倉富竜太印刷するメールでシェアするFacebookでシェアするXでシェアするはてなブックマークでシェアする

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8月9日、長崎の平和祈念式典で「平和への誓い」を読み上げた被爆者代表、本村チヨ子さん(87)=長崎市=は6歳のとき、爆心地から約4.5キロの自宅縁側で大きな火の塊がはじけたのを見た。 ドーンという音と爆風に目と耳をふさいだ。気がつくと、土間にいた祖母が自分を守るように覆いかぶさっていた。 背中にやけどを負い、ガラス片が刺さっていた祖母はそれ以降、仰向けに寝ることができなくなり、7カ月後に息を引き取った。「私のせいだ」。当時のことは長年、心の奥深くにしまったままにした。 20年ほど前、70代にさしかかったころだ。当時、沖縄で平和学習を受けてきた小学5年生の孫に言われた。「ばぁば、平和は祈るものじゃない。守るものなんだよ」 情けなくて、惨めな気持ちに…この記事は有料記事です。残り463文字有料会員になると続きをお読みいただけます。※無料期間中に解約した場合、料金はかかりません

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