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介護老人保健施設に入居していた父親が昨夏、亡くなった。 警察は、父を殴って殺害したとして、同室の87歳だった男性を殺人容疑で逮捕した。ただ、心神喪失状態だったとして不起訴処分になった。 父に何があったのかを知りたいと、長男は施設を運営する法人を相手取り、損害賠償請求訴訟を起こした。 提訴したのは、石川県内で暮らす運送業の石坂満さん(69)。 出勤前のジョギングから自宅に戻った直後の2025年8月22日午前5時半ごろ、携帯電話が鳴った。父の寿さん(当時93)が入居する介護老人保健施設「寿老園」(石川県七尾市)からだった。 「同じ部屋の入居者に暴行され、救急車で病院に運ばれています」 混乱しながら車のハンドルを握り、七尾市内の病院へ向かった。処置室で対面した父の顔は、傷だらけで別人のようだった。 「しっかりせいよ、おやじ。俺が分かるか」と呼びかけたが、返事はない。医師に回復の見込みを尋ねたが、首を横に振られた。 病院に駆けつけた約2時間後、父は亡くなった。頭蓋骨(ずがいこつ)などが折れ、死因は外傷性くも膜下出血だった。 その日のうちに、石川県警は同室の男性を殺人容疑で逮捕した。 容疑は、居室内で22日早朝、寿さんの顔や頭を、杖やリハビリで使う金属製のおもりで何度も殴り、殺したというもの。「容疑を認めている」と報道された。 七尾署で、警察官から事件の説明を受けた。ベッドで寝ていた父は、重さ2キロほどの鉄製ウェートで殴られたとみられるという。 だが、鑑定留置を経て今年1月、金沢地検は男性を不起訴処分とした。事件当時、精神障害によって責任能力がない状態だったと判断したという。 不起訴処分について検察からは、男性は認知症だったと説明された。 そんな症状を抱えていたとは知らなかった。当然、起訴されるものだと思っていた。 刑事裁判が開かれることはなくなった。公開の法廷で、男性の口から事件について聞きたいという願いはついえた。 事件後、石坂さんのもとを施設長らが訪れ、遺影に手を合わせた。だが、施設の安全管理などについて、納得できる説明を受けたとは思えなかった。 「なぜ父は守られなかったのか。あの日、施設では何が起きていたのか」と思った。 事実を明らかにするため、民事裁判を起こそうと考えた。 父は大工仕事と農業で家族を支えてきた。実家の近くでは手がけた住宅も多く、よく声をかけられていた。幼い頃の父の記憶は「一日中働いていた」というものだ。 年を重ねて足腰が弱り、高齢者のグループホームを経て、事件の4カ月ほど前の25年4月に寿老園に入居した。 逮捕された同室の男性は、父の古い知り合いだった。50年ほど前に男性が自宅にやってきて「酒を飲もう」と誘っているのを見たこともある。 2人部屋の同室になるとわかったとき、父に「一緒の部屋で良かったね」と声をかけたことを覚えている。 施設での面会場所は、交流スペース。男性と顔を合わせることはなかった。 父との生前最後の面会は、事件の1カ月ほど前。体の調子や仕事についておしゃべりをした。事件の2日後には一時帰宅を予定していた。 「あの日が最後だなんて、思わなかった」 石坂さんは、施設を運営する医療法人社団「豊玉会」(七尾市)に対し、約1850万円の損害賠償を求める訴えを今年4月、金沢地裁に起こした。 施設は鉄筋コンクリートの2階建てで、ホームページによると、定員は100人という。 石坂さんは訴状で、法人が同室の男性の認知症の進行状態を把握して暴行を未然に防ぐ義務を怠ったと主張。事件の凶器とされた鉄製のウェートについても、施設側が管理する義務を怠り、寿さんの殺害という重大な結果を招いたと訴えている。 一方、施設側は答弁書で、男性は入居から事件直前まで他者への暴言、暴行などのトラブルは一切なく、寿さんと良好な関係にあったと反論。杖をついてもよちよちと歩く男性が、約2キロのウェートを部屋に持ち込むなど考えようもないと訴えた。 男性が、寿さんに暴行したり、ウェートを凶器にしたりすると予想するのは不可能だと主張している。 事件当時は看護師を含む4人が夜間勤務にあたっていたという。 豊玉会に取材したところ、遺族へのお悔やみの言葉とともに、民事訴訟に「誠実に対応してまいる所存です」と書面で返答があった。 施設の安全管理などについては、訴訟への影響や関係者のプライバシーなどへの配慮を理由に「回答を差し控えさせていただきたく存じます」としている。






