[PR]

広島は6日、米国による原爆投下から81年となります。世界各地の紛争で大勢の人が亡くなり、核兵器使用のタブーも脅かされるなか、原爆の犠牲者を悼み、平和を願う人たちの動きを追います。【100人の子どもたち】最後の姿と思いは カラー化も■■■8月5日の動き■■■被爆死したマライ出身留学生の墓地に[12:30] 広島の原爆投下で被爆死したマライ(現マレーシア)出身の南方特別留学生ニック・ユソフさんのお墓がある広島市佐伯区の光禅寺を5日、マレーシア大使館アハマド・ロジアン次期大使が訪れた。 ロジアン次期大使は、ユソフさんの遺骨が眠るお墓の前で祈りを捧げた後、「胸を打たれた。ユソフさんの記憶を守るために、お墓を設けてくれたお寺に感謝します」と話した。ICAN川崎さん「核禁条約いかそう」[10:30] 原水爆禁止世界大会・広島大会の分科会が始まった。広島市中区で開かれた第1分科会では、ノーベル平和賞を受賞した国際NGO「核兵器廃絶国際キャンペーン」(ICAN)の国際運営委員兼会長などを務める川崎哲(あきら)さんが「今こそ核兵器禁止条約を活(い)かそう」と題して講演。「これまでは、相手国の核が脅威とされてきたが、今は核抑止こそが人類の脅威だという考えになってきている」と話した。未来を信じて12歳で逝った娘 欲したミカン 母は一生食べなかった韓国人原爆犠牲者を悼む[10:30] 広島市中区の平和記念公園内にある韓国人原爆犠牲者慰霊碑前で、被爆で亡くなった朝鮮半島出身者を追悼する慰霊祭が開かれ、約280人が参列した。主催する韓国民団関係者のほか、姜鎬曽(カンホズン)・駐広島韓国総領事や中満泉・国連事務次長らが出席。新たに2人を加えた計2826人の死没者名簿が奉納され、犠牲者を悼んだ。原爆小頭症「きのこ会」家族の言葉[09:30] 妊娠早期の母親の胎内にいる時に被爆し、脳や体に障害のある原爆小頭症の被爆者と家族による「きのこ会」を支えてきた俳優の斉藤とも子さんが、広島市中区の県立総合体育館で講演した。ある家族が「身をもって世界に核兵器の悲惨さを示していくことが、この子の使命なんだ」「人と人が信頼し合わないと何も始まらない」と語ったことを振り返った。放影研、いまの建物で最後の公開[09:00] 来年移転することが決まっている日米共同研究機関・放射線影響研究所(放影研、広島市南区)で5日、いまの建物で最後となる一般公開(オープンハウス)が始まった。被爆者が浴びた放射線に関するパネル展示などがあり、6日まで。 放影研は米国が47年に設置した原爆傷害調査委員会(ABCC)を改組し、75年に発足した。研究所はかまぼこ形の建物が特徴で、老朽化を理由に来年、広島大学霞キャンパス(南区)に移転することが決まっている。「ヒロシマの碑」に折り鶴捧げる[08:00] 広島市中区の「原爆犠牲ヒロシマの碑」で碑前祭があり、市内の小中高生らが折り鶴を捧げた。市立舟入高校の加賀遥さん(2年)は「世界で紛争が絶えない今だからこそ、非核三原則など、原爆の悲劇から学んだ教訓を大切に守りたい」と話した。【そもそも解説】核兵器の非人道性とは 爆発の瞬間で終わらぬ苦しみ■■■8月6日の主な予定■■■平和記念式典が始まる[08:00] 広島市中区の平和記念公園で、平和記念式典が始まる。この1年で死亡が確認された人の名前を加えた原爆死没者名簿が奉納される。原爆投下時刻にあわせ黙禱[08:15] 平和記念式典で、原爆投下時刻の午前8時15分、参列者らが1分間の黙禱(もくとう)を捧げる。市長が平和宣言[08:20] 広島市の松井一実市長が平和宣言を読み上げる。宣言では、3回連続で成果文書の採択に至らず決裂した、5月のNPT(核不拡散条約)再検討会議に触れ「第三のヒロシマ・ナガサキを作り出すことになりかねない」と警鐘を鳴らす。こども代表が「平和への誓い」[08:25] 広島市の小学6年生、柿崎由宇さんと河野和希さんがこども代表として「平和への誓い」を読み上げる。高市首相が初のあいさつ[08:30] 平和記念式典で、昨年10月に就任した高市早苗首相が初めてあいさつに立つ。 高市首相は式典の終了後、平和記念資料館を視察する。続いて「被爆者代表から要望を聞く会」で被爆者7団体の代表らと面会し、広島市内の原爆養護ホームを訪問する。広島知事あいさつ[08:40] 平和記念式典で、広島県の横田美香知事があいさつをする。昨年11月に就任し、知事として初めての平和記念式典となる。