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29年前、神戸市須磨区で児童5人が襲われる連続殺傷事件が起きた。 犠牲になった土師淳(はせじゅん)さん(当時11、小学6年)の父、守さん(70)は翌年から、淳さんの5月24日の命日に合わせ、思いをつづった手記などを報道各社に寄せてきた。 だが今年、守さんは筆をおいた。犯行時14歳の中学生だった加害男性らに対する賠償の請求権も、行使するのをやめた。なぜなのか。社会を震撼させた「酒鬼薔薇聖斗」 事件は1997年2~5月に起きた。淳さんを含む2人が殺害された。 残酷な犯行態様に加え、「酒鬼薔薇聖斗(さかきばらせいと)」を名乗る犯行声明文。さらには14歳少年の逮捕など、当時の社会に大きな衝撃を与えた。 守さんは翌98年から、報道各社の依頼に応じる形で、淳さんの命日に合わせ、公表を前提に手記をしたためてきた。 例年、遺族としての近況や、加害男性への思いを丁寧な筆致でつづり、近年は犯罪被害者への支援制度の拡充を願う記述に文量を割いていた。 だが今年、手記は届かなかった。守さんが明かした理由 守さんは4日、朝日新聞の取材に応じ、「私の中では、息子はいつまでも11歳の姿のまま。何年経とうが、思いは変わりません」と語った。 筆をおいた理由については「…この記事は有料記事です。残り1057文字有料会員になると続きをお読みいただけます。※無料期間中に解約した場合、料金はかかりません

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この記事を書いた人根本快神戸総局|事件・司法担当専門・関心分野事件、政治資金関連トピック・ジャンルジャンル印刷するメールでシェアするFacebookでシェアする