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1997年にデビューしたJR西日本の500系新幹線が、2027年1月に定期運行を終えることになった。「世界最速」をめざした新幹線は、どういう経緯で開発され、どのような車両だったのか。 90年代、JR西は「ライバル」の台頭に危機感を募らせていた。関西空港の開港や高速道路の開通がエリア内で計画されており、対抗する形で新幹線の高速化をめざした。■500系新幹線を知る4つのポイント(1)開発の経緯は(2)「世界最速」実現のヒントは自然界から(3)ギネス記録にも刻まれたスピード(4)さまざまな姿に変身も 92年にJR東海が開発・導入した300系は最高速度が時速270キロだった。JR西も導入し、新大阪―博多間の所要時間を、17分短縮して2時間32分にした。 同じ92年にJR西は、最高速度350キロをめざし、試作車の「WIN350」を開発。スピードアップに必要なデータを集め、500系の開発につなげた。 500系の「のぞみ」は97年3月にデビューした。車体をアルミ製にして軽量化を図り、16両すべてにモーターを搭載した電動車にすることで、加速性能を向上させた。フランスの高速列車「TGV」と並び、当時としては世界最速となる時速300キロでの営業運転を実現した。騒音克服のヒントは自然界に 高速化に伴い課題になったのが、走行時に発生する騒音だった。その克服のためのヒントにしたのは「鳥」だった。 先頭車両の形は「鼻」の部分が15メートルと長いのが特徴で、カワセミのくちばしのような形になっている。これによって、トンネルに入る際に反対側の出口で生じる騒音を抑えた。 架線から電力を取り込むパンタグラフには、静かに飛ぶフクロウの羽根の形を参考にして突起を設け、騒音を減らしている。 ただ、速度を追求したことで、居住性を犠牲にした側面もあった。 先頭車両は長い鼻にした代償…この記事は有料記事です。残り602文字有料会員になると続きをお読みいただけます。※無料期間中に解約した場合、料金はかかりませんこの記事を書いた人高橋俊成大阪社会部|交通・災害担当専門・関心分野鉄道・車・航空機など交通全般、人口減少、裁判関連トピック・ジャンルジャンル印刷するメールでシェアするFacebookでシェアする