コラム・寄稿アイヌからあなたへ問う「人の道」とは 日本社会の病理と「怒り」2026年6月19日 10時00分大滝哲彰印刷するメールでシェアするFacebookでシェアする

[PR]

取材で知り合ったアイヌ民族の男性に言われた言葉が、耳から離れない。 「何人にとっても、遺骨は人として1丁目1番地の問題だ。とにかく、一緒に人の道を行こうや」 昨年12月から道内版で続けている連載シリーズ「アイヌモシリをたどって」は、平取町に住む木村二三夫さん(77)から言われたこの言葉が始まりだった。 アイヌ民族がたどった歴史と今を伝えるシリーズは第4弾まで掲載し、うち3回で遺骨問題を取り上げた。研究者に盗掘された遺骨。謝罪なきまま研究を続ける大学。そして第4弾で取り上げた、ふるさとに返還されてもなお土に眠ることのできぬ現状――。 歴史を掘り下げ、現在地を描こうとすると、そこには必ずと言っていいほど遺骨問題が絡んでくる。和人によって突然「旧土人」とされ、土地や資源、文化を奪われた民族を、今も苦しめ続けている。そんなおかしなことに、「人として」怒りを感じる。 新聞記者の怒りは、取材の原動力になる。ウポポイの慰霊施設と呼ばれる建物に「管理」されている遺骨を含め、すべてふるさとの土にかえるべきだ。そう願い、書き続けようと思う。 そして今、アイヌ民族を苦しめているのは遺骨問題だけではない。札幌市が管理する札幌駅前地下歩行空間で、アイヌを侮蔑する展示が開かれ、ネット空間には誹謗(ひぼう)中傷の投稿が後を絶たない。 これらはアイヌ民族の問題ではない。マジョリティー(多数派)である和人の、日本社会の病理だ。木村さんの言葉は、このコラムを読んでいるあなたに向けて投げかけられている。有料会員になると会員限定の有料記事もお読みいただけます。※無料期間中に解約した場合、料金はかかりません関連トピック・ジャンルジャンル印刷するメールでシェアするFacebookでシェアする