[PR]

「伸二、ウォーミングアップの準備をしておけ」 後半25分を過ぎた頃だった。小野伸二さん(46)がコーチから声を掛けられた。 6月末のフランス・ナントは蒸し暑かった。シューズに熱がこもるため、ベンチの小野さんは靴ひもを緩めていた。 準備をしようと、ひもを結び直すと、コーチが言った。 「準備ができていないなら、いい」 一瞬のやり取りだった。アップもさせてもらえず、ベンチで試合終了のホイッスルを聞いた。 1998年、サッカーワールドカップ(W杯)のフランス大会グループリーグ第2戦。クロアチアとの試合だった。 小野さんは、こう振り返る。 「靴ひもを結んでいないことが、準備できていないと見えたんじゃないかな。プロとして、人それぞれ準備の仕方があるって学べましたね」 日本はW杯初出場。小野さんは18歳8カ月で、日本人最年少選手として代表入りしていた。 おの・しんじ 北海道コンサドーレ札幌のクラブアンバサダー。1979年、静岡県沼津市出身。サッカーの名門、清水市立商業高校(当時)を卒業後、浦和レッズ入団。18歳でA代表デビューし、W杯はフランス、日韓、ドイツの3大会に出場。オランダなど海外でも活躍し、2014~19年と21~23年、コンサドーレでプレーした。初めてのピッチ、初めてのボールタッチ 2敗を喫し敗退が決まった6日後。ジャマイカとの第3戦を迎えた。 前半に2失点。日本は決定機を決めることができない。 後半29分。ゴール前で折り返されたボールに「ゴン中山」の愛称で親しまれたストライカー中山雅史さん(58)が飛び込む。W杯で日本初ゴールを右足で押し込んだ。 5分後、小野さんに出番が回ってきた。 「今度は靴ひもをしっかり結んでいた」 高校の先輩で「魔法の左足」が代名詞だった名波浩さん(53)と交代。始めてW杯のピッチに立った。 「絶対に決めてやる」 プレッシャーや不安は一切なかった。最初のボールタッチは、よく覚えている。 右サイドからパスを受けると、ワンタッチで相手の股を抜き、そのまま左足でミドルシュート。ゴール左にそれたが、18歳の躍動感あふれるプレーに会場はわいた。 「とにかく自信を持った、飢えていた自分がいた。だから自然と体が動きましたね」 結果は1―2。日本は全敗で初のW杯を終えた。 「物足りなさはありました。欲を言えばもっと長くプレーしていたかったし、本当に一瞬で終わっちゃったなって」 小野さんはこの大会で、背番号11をつけていた。直前で代表をはずれた「キングカズ」こと三浦知良さん(59)が背負っていた番号だった。 97年11月16日にさかのぼる。 フランスへの道をひらいた「…