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サッカー界では近年、ブラジル代表のビニシウスらが、たびたび人種差別の被害に遭っている。なぜ差別は続くのか。食い止める策はあるのか。「サッカーと人種差別」(文芸春秋)の著者である陣野俊史さんに聞いた。ビニシウスへの差別に涙した日本人 W杯から口覆う発言は退場に「コロナ」「犬を食べる」頻発するアジア系への差別 久保建英も訴え ――近年のサッカー界での差別を、どのように見ていますか。 ビニシウス選手への差別が大きな問題として報じられるようになったのは、2021年ごろからでしょうか。標的にされている印象がありますが、なぜビニシウス選手なのかは、はっきりしません。 相手をあおるようなゴールセレブレーションが良くないといった、本質からすり替えた議論も目にしますが、そこに合理的な説明はありません。被害者に問題があるという考えは「いじめ」と同じ構造だと思います。 また、差別が起きたときに、被害を受けた側にばかり語らせる構図も間違っていると思います。差別をした側にも、なぜそうした行為に及んだのかを語らせるべきです。差別が起きるたびに一時的に反応して、忘れてしまっては、また繰り返されてしまう。多角的な議論がなければ、根本的な解決にはつながりません。 ――なぜサッカー界では差別が頻繁に問題になるのでしょう。 選手の移籍の自由を広げた1995年の「ボスマン判決」以降、国際化が進み、人種や民族の違いがより表面化するようになりました。 ただ、サッカーだけの問題としてとらえるのは危険です。排外主義が社会の中で広がるとき、それに最も敏感に反応しているのがサッカーだと感じます。 「なぜサッカーだけなのか」という問いは逆です。サッカーは社会の空気を映し出し、問題が可視化されやすい競技なのです。スポーツを社会問題と切り離された「純粋なもの」とみなすのは幻想だと思います。 ――SNS上での差別や誹謗(ひぼう)中傷も増えています。 SNSが中傷や差別を増幅しているのは間違いありません。一方で監視体制も強まり、チェックして反応する仕組みも整ってきました。望ましい形かどうかは別として、社会がその方向に進んでいるとは感じます。 SNSを有効に活用する選手もいます。フランス代表のエムバペ選手は、差別に反対する姿勢をたびたび発信してきました。どのタイミングで何を伝えるのか、選手の発信力も問われる時代だと思います。 ――日本代表でも24年アジアカップで、鈴木彩艶(ざいおん)選手が差別被害を受けました。 大きな大会で目立ったミスや敗戦があると、人種的な意味を重ねて選手を批判する。それは明らかに間違っています。 また「ミックスの選手が多い。増えている」といった言い方自体も、場合によっては差別になり得ると考えます。 私の専門領域であるフランスは、多くの人がミックスルーツですが、それでも差別はありました。この30年ほどで意識は少しずつ変わってきた感覚はありますが、完全になくなったわけではありません。 日本でも今後、ミックスルーツの選手が代表に入ることはより当たり前になっていくでしょう。社会全体の意識も問われています。 ――日本でも14年に浦和のサポーターが差別的横断幕を掲示して問題になりました。国内外で、サッカー界の差別を減らす策はありますか。 スペインでは、ビニシウス選手に差別的発言やジェスチャーをしたサポーターに対し、禁錮刑などの有罪判決が出ています。差別行為を「スタジアム内の問題」にとどめず、社会として裁く流れが生まれています。 一方、日本では入場禁止などの措置が一般的です。「無期限」とされても、その後どうなったかは見えにくい。刑罰として明確に示した方が、社会的なメッセージになる可能性があります。 ただし、社会が裁けない問題は、スタジアムの中でも裁けません。差別への対応はサッカー界に限らず、社会全体で考えるべき課題です。 また、サポーターから選手への差別だけでなく、選手同士の差別的行為も起きています。トップアスリートは幼少期から競技中心に育ってきたケースも多い。クラブを含めた教育も重要だと感じています。 じんの・としふみ 1961年生まれ。長崎県出身。専門はフランス文化論。著書に「サッカーと人種差別」「ジダン研究」「ザ・ブルーハーツ」「泥海」など。明大、明治学院大、早大、立大で非常勤講師。