刺青絵師の毛利清二さん=2026年5月13日、京都市右京区の東映京都撮影所、田井良洋撮影

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刺青(いれずみ)絵師として日本映画界を半世紀にわたり支えた職人がいる。毛利清二さん、96歳。戦争の時代を乗り越え、京都ならではの「美と技」を独自に磨き、東映京都撮影所で唯一無二の存在に。その歩みと矜持(きょうじ)を聞いた。転機は「ほんまに鶴の一声や」 高倉健の背中でほえる唐獅子牡丹(ぼたん)をはじめ、俳優のべ2千人以上に刺青の絵を描いた。80歳で筆を置くまで、銀幕を彩った時代劇・任俠(にんきょう)映画は200本を優に超す。 「撮影所人生、おもろかったなあ」 京都・四条堀川の呉服問屋に生まれ、染め物を川で洗う光景を見て育った。戦時中は学徒動員で軍用の金属部品を作らされ、玉音放送で敗戦を知る。「やっと終戦や」刺青絵師の毛利清二さん=2026年5月13日、京都市右京区の東映京都撮影所、田井良洋撮影 室町で反物の配色を考える職を得たが、やがて不況で解雇。時あたかも娯楽時代劇の全盛期、エキストラの経験を積み太秦(うずまさ)の東映撮影所へ。大部屋俳優だった30代のころ、画才を見込んだ鶴田浩二に「毛利、おまえやれ」と言われ、刺青絵師の道を本格的に歩み出す。「ほんまに鶴の一声や」刺青絵師・毛利清二さんの筆による下絵の一部はいま、湯沢東映ホテル(新潟県湯沢町)で展示されている=東映太秦映画村・映画図書室提供刺青絵師・毛利清二さんの筆による下絵の一部はいま、湯沢東映ホテル(新潟県湯沢町)で展示されている=東映太秦映画村・映画図書室提供異なる図柄は「職人のプライド」 テレビ時代劇「遠山の金さん…