ストーリー2026年5月29日 19時56分高億翔印刷するメールでシェアするFacebookでシェアする

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国際自動車連盟が主管する競技の一つ、世界ラリー選手権(WRC)で3月、日本の自動車スポーツ史上に残る快挙があった。 第3戦の「サファリ・ラリー・ケニア」でトヨタの勝田貴元が、日本人として34年ぶりの優勝を果たしたのだ。四半世紀以上の空白を埋めた33歳は、28日から愛知県で始まった第7戦、「ラリージャパン」に出場している。 第4戦のクロアチアでも優勝し、今季2勝で凱旋(がいせん)試合に臨む勝田は「そういう状況のあとの方が大事といつも思っている。シーズンを通して良い結果を、というのが目標。地に足つけてやっていきたい」と話す。世界で加速するF1人気 ホンダも本格参戦 「チャンス生かすべき」 勝田が挑むラリーという競技は、F1などのサーキットでのレースと異なり、山中の林道など未舗装地帯が舞台になる。そのため自然環境への適応が成績に直結する。一斉にスタートして順位を争うのではなく、1台ずつコースに挑み、合計タイムで勝敗を決める。助手席には「コ・ドライバー」が座り、タイムや路面の情報を読み上げる。見えない先のカーブを耳で把握しながら走る点も特徴的だ。路面や天候は刻々と変化し、車両トラブルも多くなる。 勝田自身、今季に入るまでの最高成績は2位だった。「自分のスピードもある程度理解して、それをどううまくコントロールするのか」がレースの勝敗を分ける重要なポイントだと説明する。 ラリーに挑んでから約10年余り。今季の好調の理由は、精神的な変化にあると自己分析する。「転向は間違いだったのかな」 負い目のあった過去 「無理に(タイムを)追うことがなくなったというか、間違ったタイミングで無理なプッシュをしなくなった。安定して結果が出ている要因かなと思います」 もともとはフォーミュラカーでF1を目指したサーキットドライバーだった。だが2015年、トヨタのWRC育成プログラムに合格し、ラリーへ転向。北欧フィンランドで基礎から技術を磨き直した。 デビュー当初はクラッシュやリタイアも多く、結果が伴わない時期が続いた。 「転向は間違いだったのかな」と感じたこともあった。それでも諦めなかったのは、周囲のサポートがあったからだ。「自分のポテンシャルを信じてくれた人たちの気持ちを踏みにじるわけにはいかない。サポートしてくれたことが時間の無駄じゃなかったということを証明したいという思いがあった」 21年に初の表彰台に立ち、着実に階段をのぼってきた。ケニアでの優勝は、日本人として1992年の篠塚建次郎以来の快挙だった。続くクロアチアでも勝利し、こちらも日本人初の2連勝という形で実力を証明した。 その視線の先にあるのが、母国での大会だった。勝田にとっては「一番大事なラリー」。22年は3位で、表彰台で日本のファンを沸かせた。今回は表彰台の頂点を期待されるが、「(これまでの勝利で)変なプレッシャーはなくなった」と受け流し、「このラリージャパンで戦うために必要な準備をして、必要な戦い方をする」と落ち着いている。 勝てるドライバーになる目標はかなえた。次は「勝ち続けるドライバー」への試練に挑む。有料会員になると会員限定の有料記事もお読みいただけます。※無料期間中に解約した場合、料金はかかりませんこの記事を書いた人高億翔スポーツ部|大相撲担当専門・関心分野スポーツ全般、人権関連トピック・ジャンルジャンル印刷するメールでシェアするFacebookでシェアする