コラム・寄稿グローグーで引っ張るにも限界がある スター・ウォーズ新作批評2026年5月29日 16時30分柳下毅一郎・映画評論家印刷するメールでシェアするFacebookでシェアする
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公開中の映画「スター・ウォーズ/マンダロリアン・アンド・グローグー」が好調です。シリーズ7年ぶりとなる劇場作品で、ファンにとっては待望の作品。ただ映画体験としてはどうなのか。映画評論家の柳下毅一郎が辛口に論じます。 「スター・ウォーズ」シリーズ7年ぶりの新作映画としてにぎにぎしく劇場公開された「マンダロリアン・アンド・グローグー」は銀河をまたにかける賞金稼ぎと、彼の庇護(ひご)下にある可愛らしい幼児エイリアンの冒険活劇。1977年に公開された「スター・ウォーズ」第1作(「新たなる希望」)からつらなる一大フランチャイズのスピンオフ作品として、2019年からディズニー+で配信されている「マンダロリアン」の続編となる。もともとスペース・オペラ=宇宙西部劇として作られた「スター・ウォーズ」のひそみにならい、マカロニ・ウェスタンよろしくアクションを中心に据え、さらにマカロニにも大きく影響を受けた日本の「子連れ狼(おおかみ)」をモチーフに、ハードボイルドな賞金稼ぎとキュートな幼児のコントラストで視聴者のハートを摑(つか)んだのだ。 テレビ番組の続編をスクリーンで公開するのは日本だけの話でもないらしい。結果も想像のつくものである。それはまるでテレビの続きのように見える。寡黙な賞金稼ぎが仕事を引き受け、困難な任務を達成して報酬を受け取る。ほぼこの繰り返しにすぎないプロットは、物語を特に進めることも、キャラクターを成長させることもないまま終わってしまう。グローグーの可愛らしさだけで引っ張るのにも限界があるだろう。フィル・ティペットがストップモーションで動かす巨大ドロイドには陶然とするが、それもひとつのフェティッシュに過ぎない。 結局、「マンダロリアン・アンド・グローグー」はどこにもたどりつかない無難なおとぎ話を、スター・ウォーズ・ファン好みのフェティッシュで味付けしたものでしかない。そんなフェティッシュを楽しめるならば、まったりした日常系ドラマとして充分(じゅうぶん)よくできたものではある。ただ、マーティン・スコセッシの声優としての出演が、ハリウッドのエスタブリッシュメントの内輪受けジョークでしかないと感じる人には、いささか物足りない映画体験になるかもしれない。有料会員になると会員限定の有料記事もお読みいただけます。※無料期間中に解約した場合、料金はかかりません関連トピック・ジャンルジャンル印刷するメールでシェアするFacebookでシェアする










