コラム・寄稿「マイケル」よくできた伝記映画か 不都合から目を背ける仮想世界か2026年6月5日 11時00分大久保清朗・映画評論家印刷するメールでシェアするFacebookでシェアする

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2009年、50歳で世を去った「キング・オブ・ポップ」マイケル・ジャクソンを描いた注目の伝記映画「Michael/マイケル」が12日に公開される。映画評論家の大久保清朗さんは、今作で「描かれなかったこと」に注目する。 ◇ 評価の難しい映画だ。これは20世紀最大のエンターテイナーのよくできた伝記映画に見える。そこに描かれているもの「だけ」で見るならばだが。 筋立ては伝記ものの定石を踏む。貧しい家庭で、父ジョセフ(コールマン・ドミンゴ)の特訓を受けながらファミリーバンドのリードボーカルとして頭角を現し才能を開花させていく。MTVの潮流に棹(さお)さし、マイケルはそこに自らの愛する映画的エッセンスを取り込む。映画では母キャサリン(ニア・ロング)とテレビで映画を見るマイケルが何度か描かれる。 製作はマイケルが設立したオプティマム・プロダクション、生前のマイケルの楽曲をマネージしたジョン・ブランカを筆頭に、マイケルの親類縁者が製作総指揮に名をつらね、正統のマイケル伝を印象づける(マイケルを演じるのはジュリアーノ・ヴァルディとジャファー・ジャクソン)。 強調されるのは、マイケルの聖人君子ぶりである。車椅子の少女にファンサービスし、小児病棟を訪問し真摯(しんし)に話を聞く。彼の善性は、幼年期から彼を虐待・支配しようとする父の横暴さによって殉教性すら帯びる。歳(とし)を経て顕著になる顔面整形も、父による容姿(鼻)への暴言が遠因であることが示唆され、動物愛も幼年期にまともな人間関係を築けなかった代償とされる。 後半生の幼児への性的虐待疑惑などをめぐるスキャンダルは存在しないものとして扱われている。1980年代のミュージシャンを主題とした近年の伝記映画におけるフォーマットを踏襲しつつも、栄光の裏側が垣間見える瞬間はない。映画の最後に、「彼の物語は続く」とあるが、続編が作られる可能性はあるのだろうか。 これは、伝記映画というより、不都合な言説で傷つけられたくないという欲望のアルゴリズムによって自動生成された仮想世界のようである。ファンが見たいものだけがそこにあり、外的な評価を拒否している。皮肉だがその意味で、これはまさに今日的映画だといえる。◇全国で12日公開(5~7日に東京などで先行上映あり)有料会員になると会員限定の有料記事もお読みいただけます。※無料期間中に解約した場合、料金はかかりません関連トピック・ジャンルジャンル印刷するメールでシェアするFacebookでシェアする