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Re:Ron連載「共有地よ! 三島邦弘の思いつき見聞録」第8回 学ぶことに取り憑かれた者たちの、紙の上の実験室でありたい。(略)異種交流の実験室は、将来大学がなんらかの巨大な力によって被災したとき、いや、もしかすると災いは始まっているかもしれないが、学問の自由を避難させ発酵を続けておける麹室となるだろう。「京大マガジン」と名づけられた雑誌の刊行には、このような喫緊の意図が込められている。 (『京大マガジン 0号』、藤原辰史「創刊の辞」から) 檄文(げきぶん)である。 3月に創刊した『京大マガジン』。「0号」とうたわれた雑誌の表紙には、「今号のテーマ」と小さくあり、大きな文字で「失敗」とある。 昨年12月初旬、本誌のデザイナーである寄藤文平さんとの会議でそれは決まった。「毎号、まるまると漢字2文字でテーマを入れませんか? デザインがバシッと決まると思います」。本誌の編集長であり歴史学者の藤原辰史さんは、寄藤さんの提案をうけ、間髪入れず即答した。それが、「失敗」であった。■0号完売 失敗なのか成功なのか 発売日である本年3月19日の3日後には、書店売り分が完売となった。出版社的には、成功というほかない。読者、書店、いずれからも、欲しい、読みたい、増刷してくれ、そうした声がいまだ止まらない。欲しい人のもとに届けられないでいる。その観点からいえば、出版社としては「失敗」となるのだろうか。 今回、増刷しないのは、私たちが、いち発売元にすぎないからだ。あくまでも『京大マガジン』は発行元の発行物であり、増刷決定権は私たちにはない。 「発行:京都大学総合研究推進本部(通称KURA)、発売:ミシマ社」 このような座組みで、『京大マガジン』は誕生した。京大の「外」に紙の実験室をもつ。自由と自主を風土にもつ京大の避難地になる、その可能性を潜ませつつ。 『京大マガジン』が完成、実際に本屋さんに並び、読者に届く。 その一連の過程を経るなかで、「紙の実験室」=共有地、という仮説の輪郭が濃度を増してきている。むろん、ひとつは、藤原さんが書いたように、「紙の実験室」としての雑誌が学問の世界における共有地の役割を果たすだろう。そのことである。【連載バックナンバーはこちら】■京都大学総合研究推進本部(通称KURA)の宣言 KURAのホームページに掲載された文章がそれを端的に語っているだろう。 〈紙であることで「実験場」は物として実現し、蓄積されます。そのうえ、隣人に手渡すという行為を通じて対話の場を拡張し、立場や学内外という枠を超えて、知を活性化しつつ循環させることができるからです。そのしくみによって研究者の多様な知的探究活動を後押しし、応援してくださる読者のみなさまと一緒にこの事業を育てていく。それがわたしたちのめざすところであり、ゆくゆくはこの試みが京大だけでなく、外へと染み出していくことで、社会全体の知の活性化につながることを願っています。〉(https://www.research.kyoto-u.ac.jp/kyodai-magazine/) 京大を超えて、社会全体の知の活性化が起こる。紙の実験室がそのきっかけになってほしい。 この思いは、知の共有地が社会に広がることを希望していると言い換えてさしつかえないだろう。 くわえて、出版社の立場から私は、「増刷できない。読者に届けられない」、この事態そのものにも「共有地」を感じている。売りたいのに、ままならない。この「ままならなさ」に共有地を感じていると言っていい。 そのことを説明するためにも、この雑誌がどのようにしてたちあがったか、そこから始める必要があるだろう。【『京大マガジン』0号完売御礼トークイベント】6月2日午後7時~、京都市の恵文社一乗寺店で(オンラインも有り)「いま雑誌をつくり、売るということ」を開催。編集長の藤原辰史さんと書店員3人が創刊から販売までを語ります。司会は三島邦弘さん。申し込みは、https://mishimasha.com/news/7245/後半は『京大マガジン』に収録されたノーベル賞を受けた北川進さんと中国哲学者の宇佐美文理さんの対談の抜粋も。市販の有料雑誌が誕生した秘話を紹介。増刷できないという「ままならなさ」から感じる共有地について、三島邦弘さんが考えます。 MさんはじめKURAのメン…