【囲碁名人戦ライブ】いよいよ開幕 一力遼名人―芝野虎丸棋聖【第51期囲碁名人戦第1局1日目】
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一力遼名人(29)に芝野虎丸棋聖(26)が挑む第51期囲碁名人戦七番勝負(朝日新聞社主催)が8月26日、開幕する。二大タイトルを分け合う両雄が3期連続で激突する。名人の3連覇か、挑戦者のリベンジか。天下分け目の決戦が始まる。 第1局の舞台は甲府市の常磐ホテル。持ち時間各8時間の2日制で、27日夜までに決着する。立会人は趙治勲名誉名人(70)、新聞解説は河野臨九段(45)、ネット解説は孫喆(まこと)八段(30)。対局の模様をタイムラインで詳報する。1日目総括挑戦者の失着、流れは名人 開幕局の1日目、勝負どころで芝野挑戦者に中央白72の失着が出て、流れは一気に一力名人に傾いた。 挑戦者は名人の黒73から防戦一方となり、中央左側の種石の白石6個を捨て石に、右方の大石を安定させた。しかし種石を取った黒は弱い石が盤上のどこにもなく、今後の戦いに一切の不安がなくなった。 「黒は手厚い構えの上に、実利でも引けをとっていません」と解説の河野九段。 名人の封じ手は種石を取りきる一手で、手番が回る挑戦者は左下黒5の策動を封じて隅の陣地を確保すると予想されている。しかし黒の陣形に弱点がないため「弱石に迫って陣地をぼったくる図を求められないのがつらい」と河野九段。「挑戦者はヨセ勝負に託すほかありません」という。 名人の97手目の封じ手の時刻は、午後5時40分。中央の種石を取りきる一手なのに、封じ手が可能となる5時30分からさらに10分考えた。この後を落とすわけにはいかないという名人の決意を感じる。17:40一力名人が封じ手 午後5時40分、一力名人が26分考えて97手目となる次の手を封じ手にした。持ち時間各8時間のうち、1日目の考慮時間は一力名人が4時間27分、芝野挑戦者が3時間13分。 2日目は、27日午前9時に再開する。16:15形勢急変 形勢が急変した。一進一退の攻防が続いていたが、芝野挑戦者が図の白1(実戦は72手目)に打つと、AIの形勢判断は白の勝率52.0%から6.8%に真っ逆さまに落ちた。 なにが起きたのか。まず実戦の手順を追おう。黒2が好手。白3以下13となると、白は内側に石がこもって停滞しているのに対し、黒は外回りに石を並べて、石数が少ない中央から左上一帯に自然に戦力を向けている。 返す刀で名人は黒14から左方の白石にも攻めかかり、急に着手が勢いづいてきた。黒16までの姿は、人間の見た目にも黒の勢いがいいという。 「挑戦者は黒2を見損じたのではないか」という声が検討室から上がった。 検討陣の推測では、挑戦者は白1に黒6と打たせて、白8と頭を抑えつける図を読んでいた。そのあとの変化が難しく、ここの読みに没頭するあまり黒2が見えなかったのではないかという見立てだ。 実戦の白3で参考図の白1と打てば、白を分断している黒の種石が取れそうだが、黒2が妙手。白3に黒4と逃げれば、この種石は取れない。種石を取れなければ、下辺の白の一団は青息吐息の大ピンチだ。 モニターに映る挑戦者の姿に、動揺はみじんも見られない。逆転勝ちは挑戦者のお家芸といえるほど多い。難局を打開できるか。15:00パフェとみたらし 午後3時、両対局者におやつが振る舞われた。 一力名人が選んだのは、「ザクザク もちもち 食感」和風ミニパフェ。常磐ホテルの女子社員が考案し、定番化したメニュー。一力名人は22年の棋聖戦、23年の本因坊戦でも注文したことがある。試食した河野九段は「これ食べたら幸せ。思い残すことはない」。 芝野棋聖は、冷やしみたらし。ホテルはす向かいの湯村金精軒カフェの特製で、幻のお米といわれる「農林48号」を使い、夏らしく冷やしたみたらしを使う限定メニュー。孫八段は「暑い夏にちょうどいい。冷静に打ち回せていけそう」。歴代名人「私の一局」趙治勲名誉名人、高尾紳路九段の思い出 100期目に向かって半分を過ぎた第51期囲碁名人戦。七番勝負の開幕局には一力遼、芝野虎丸の両対局者のほかにも、歴史に名を刻む元名人たちが集まった。頂上決戦を見守る彼らにも天下分け目の戦いがあった。 立会人の趙治勲は、1980年の第5期七番勝負で「名人戦男」といわれた大竹英雄を4勝1敗1無勝負で破り、名人初挑戦で大タイトルを獲得した。これが趙の天下人に至るマイルストーンとなった。 ここから名人5連覇を遂げ、その間に本因坊、棋聖も獲得して史上初の「大三冠」を達成した。それなのに「おぼえているのは、1局目だけなんです」という。 他の棋戦も含めて、2日制のタイトル戦は名人戦が初めてだった。1日で打ち切る大半のタイトル戦と違って、2日制は持ち時間が長い。徹底的に読みを煮詰めて、その過程で浮かぶ膨大な変化図の取捨選択にもぜいたくに時間をかけられる。 のちに「七番勝負の鬼」と呼ばれた趙のスタイルにぴたりとはまる棋戦だが、「経験がなかったから何もかもが未知数。いろいろ不安があったけど、やってみたらすごくいい内容で勝てたんです。それで大丈夫、やれると」。決着をつけた第6局はほとんど記憶がなく、鮮明におぼえているのが第1局というのは、よほど安堵(あんど)したのだろう。 当時中学3年生だった私(記者)は、父が購読する日本棋院の機関誌「棋道」を通してこのシリーズを追っていた。 相手の大竹は棋理に明るく、気品のある着手を重んじて「大竹美学」と称揚された。学校の課外授業で囲碁に親しみ、初心者に毛の生えた程度の棋力だった私に大竹美学は理解の及ぶ範囲ではなかったが、同じ日本人として誇らしかった。「負けたら明日はない」という闘魂を前面に出す趙との七番勝負を、単純に日韓対決になぞらえ、大竹を応援していた。当時の日本棋院職員によると、世の囲碁ファンの多くも大竹びいきだった。 趙はアンチの風が吹いているのを感じていたのだろうか。「全然なかったですね。6歳のときに韓国から日本に来て、道場に住み込みで修業して、プロになって、日本棋院という世界の中でずっと生きてきた。当時は日本の碁が世界ナンバーワン。だからいろんな国籍の人が勉強に来る。圧倒的に差別の少ない社会で、自分の耳に(アンチの声は)入ってこない」 当時、日本の名人すなわち世界チャンピオンだった。年端もいかない子ども時代、「名人になれ」と父に日本に送り出された趙は、世界チャンピオンになった。韓国人初の名人誕生に、会見には韓国メディアも押し寄せた。趙は韓国語がつたなかった。その陰口が人づてに耳に入り、心が塞いだ。 趙は日本人でも韓国人でもない、囲碁人だ。趙の思いをよそに、母国は空前の囲碁ブームに沸き、のちに日本をしのぐ囲碁強国となる源になった。 歴史的なシリーズから46年。70歳の趙は現役を続行し、イベントでは囲碁愛とユーモアあふれる語りで囲碁界屈指の人気者になっている。韓国でもレジェンドとして尊敬を集め、たびたび招待されている。 年を経るごとに母国への愛情は深まった。もちろん自分を育ててくれた日本も大好きだ。「本当に、今はなんとしても日韓が仲良くね、お互いに愛情をもってやってほしい。心底、そう思うね」 日本棋院理事長として現地に臨場した元名人の高尾紳路は、開幕局の開催地、常磐ホテルで忘れられない思い出がある。2016年の第41期名人戦七番勝負で井山裕太に挑戦し、常磐ホテルの第7局を制して井山の七冠独占を崩した。 それまで、高尾は井山に散々な目に遭っていた。第35期、直前の第40期の挑戦時は、どちらも0勝4敗のストレート負けを喫していた。「七番勝負のストレート負けほどきついものはありません」と高尾。「ずいぶんタイトル戦に出させてもらって、関係者の大変な苦労を身をもって知っているので、申し訳ないという気持ちでいっぱいでした。時間を経ても忘れられない悲しい気持ちですね」 高尾から見て井山は、「自分より一歩も二歩も先を見ていた」という。「読みが深いだけでなく、読む範囲が非常に広い。局面が複雑化するほど力を発揮する。僕は広く読む能力に欠けていて、収拾がつかなくなる」 しかし第41期は出だしから破竹の3連勝で井山をカド番に追い詰めた。「勝てるなんて思わなかった。なんとか1勝したい気持ちでした。それが3連勝して、これは勝てるかもしれないと」。希望が芽生えた直後に3連敗してタイに追いつかれた。「動揺しました。かなり追い詰められました」 泣いても笑っても最後の第7局。ファンから必勝の願いを込めた赤いパンツと靴下を渡されていた。赤い靴下は遠慮したが、外から見えない赤いパンツをはいて対局2日目に臨み、勝った。「奇跡というのは起こるものだと思いました」 井山は翌年、名人リーグで優勝してすぐに挑戦してきた。高尾は先勝後に4連敗。2度目の奇跡は起こらず、井山に2度目の七冠独占を許した。「勝てるわけがないと思ってましたが、自分なりに精いっぱい実力を出せたシリーズだったと思います」 高尾は今年、日本棋院の理事長に就任したが、棋士としても第一線で踏ん張っている。次期名人戦は最終予選に進出し、久しぶりのリーグ入りまであと2勝のところまできた。 「碁の勉強をする時間がないにしては自分でも驚くほどがんばれている。碁盤の前ではやれることを精いっぱいやりたい」13:00対局再開 午後1時、対局が再開した。白番の芝野挑戦者が52手目を打ち、一力名人もすぐに応じた。12:00甲州牛VS.信玄鶏 芝野棋聖が52手目を考慮中に昼食休憩に入った。 一力名人は「甲州牛のひつまぶし御膳」。お重のご飯にたっぷりと敷き詰められた甲州牛を、タレやだしで味の変化も楽しみながら食べる人気メニュー。試食した河野九段は「お肉がやわらかい。これを食べるために、旅行でも来たい」と大絶賛。 芝野棋聖は、山梨名物「信玄鶏」を使ったオムライス。芝野棋聖は2020年の本因坊戦、22、25年の名人戦でもオムライスを頼んでおり、常磐ホテルでは1日目にオムライスを頼むことが「定石」になっているようだ。孫八段は「卵がふわふわしていてメチャクチャおいしい。これをリピートするのはわかります」。11:30大変化 挑戦者の白1に、名人は相手をせず黒2と断点を補強(図)。勢い白3、黒4となり、黒は隅の白を召し捕り、白は下辺に勢力を張る大フリカワリとなった。 白1の時点で、名人は作戦の岐路に立っていた。参考図の黒1と抜く変化もある。白2と黒の断点を追及し、黒3に白4以下、するすると左右の白がつながり(9ツグ)、実戦と違って黒の勢力、白の実利のフリカワリとなる。 名人は実利作戦を貫徹する。実戦の図に戻って白5と挑戦者が下辺を囲いにいったのを許さず、黒6以下10と荒らしにいった。 「厳しいねぇ」と、日本棋院理事長として現地観戦の高尾紳路九段。碁は相手にも譲るところは譲る調和のゲームといわれたのは今は昔か。挑戦者に譲るものは何もない、かのような名人の打ち方だ。常磐ホテル「病めるときも健やかなるときも」 第1局が打たれている常磐ホテルは、囲碁・将棋の数々のタイトル戦の舞台となってきた。囲碁では1962年の第17期本因坊戦・坂田栄男本因坊―半田道玄九段の第5局が打たれたのが始まりだ。 井山裕太七冠(当時)の七冠が崩れた、2016年の第41期名人戦の最終第7局など、シリーズ終盤での決着局が打たれたことも多く、「決着の常磐ホテル」と呼ばれている。開幕局が打たれることは珍しい。 タイトル戦常連の対局者2人にとっても、なじみのあるホテルだ。前夜祭で一力名人は「非常にいい経験も、そうでない経験もいろいろさせていただいた。こういった素晴らしい環境で開幕局を打てることを非常に光栄に思います」とあいさつ。芝野棋聖は「自分が病めるときも健やかなるときも、いつも変わらず温かくお迎えいただいて、またこの場所で対局できることをとてもうれしく思っております」と話し、会場をなごませた。10:00ユーチューブで解説バトル YouTube(ユーチューブ)チャンネル「囲碁将棋TV」のライブ中継では、解説者の河野臨九段と孫喆八段による「解説バトル」が始まっている。河野九段が一力名人を、孫八段が芝野挑戦者を「推し棋士」として、それぞれの推しを応援する立場に立って解説。どちらの応援が勝っていたか、視聴者投票で勝者を決定する。 1日目午前は、右下で起きた攻防について、2人の解説者が激しい舌戦を展開。河野九段が「白(芝野挑戦者)はものすごくうまく打たないといけない」と指摘したのに対し、孫八段は「芝野さんも神みたいなもの」と反論。視聴者投票では、孫八段の応援解説に軍配が上がった。あくまで応援解説について視聴者がつけた勝敗で、そのときの碁の形勢判断とは全く関係していない。 次の「解説バトル」は、昼食休憩の前後に予定されている。9:45いきなり風雲急 2日間かけて戦う持ち時間各8時間の碁は始まったとたん、いきなり風雲急を告げている。 右下でのっぴきならないことが起きている。芝野挑戦者は白24から隅で生きを図りにいったと思いきや、白32から34と外側に石をもっていく。一力名人はけしからんと思ったか、黒35と隅の白に急襲をかけた。 実戦ではなかなかお目にかからない格好だが、どうもプロの研究課題になっているようだ。「白34は見たことがあります。黒35も打ちたくなる。でも僕はあまり研究していないので、これからどうなるかわかりません」と解説の河野臨九段。 果たして隅の白は死ぬのか。ただで死んでは碁は終わる。超難解な展開なのに、両者の着手は速い。そしてAI(人工知能)の形勢判断はまったくの五分。検討室の騒ぎをよそに、両対局者は先を見通しているのか。9:00対局始まる 対局室の九重の間へ先に現れたのは挑戦者の芝野棋聖だった。芝野棋聖が碁盤と碁笥(ごけ)を拭こうと手を伸ばすと、一力名人も姿を見せた。 2人は正座でひざに手を置いた姿勢で向き合い、目を閉じて開始を待つ。外ではミンミンゼミが鳴いている。 午前9時、先後を決めるニギリで黒番(先番)に決まった一力名人が1手目を右上の星へ。芝野棋聖もすぐに左下の星に打ち、頂上決戦の火ぶたが切られた。対局前日両者の意気込み 囲碁界における両横綱のふたりだが、七大タイトル戦は一力が圧倒してきた。2023年から芝野に5連勝。24年には名人を奪取し、昨年の再戦も返り討ちにしたが、今年に入って流れが変わった。 年初からの棋聖戦で芝野は一力との番勝負初勝利を収め、名人連続挑戦も決めた。一力は本因坊戦も落とし、五冠から三冠に後退している。今期名人戦は、一力にとって正念場であり、芝野には名人・棋聖の二大タイトル独占の絶好機となる。 開幕前日の25日、一力は「今年は思うようなパフォーマンスを出せていないが、状態は上がっている。目の前の一局に集中したい」、芝野は「結果よりも一手一手を大切にしたいという気持ちがますます強くなっている。状態は悪くない」。ともに盤上への全集中を誓った。






